「光ー!ちょっと面貸せ!」 教室の扉を開けるなり、そう大声で俺を呼ぶ声がした。午前の授業が終わって今から昼休み。他のクラス、しかも学年ちゃう後輩の教室になんの躊躇もなく入ってくる謙也君は何て言うかすごい。てかアホやこの人。 「なんですかいきなり」 「面貸せっちゅー話や」 「どこぞのチンピラやねん」 「天気ええし今日は中庭かなー!そか屋上でもええな。どっちがええ?」 「とりあえず人の話聞きましょーよ」 月に1、2回こうやって先輩が誘ってくる。部活でも嫌っていうほど一緒におんのに何で昼休みまで一緒におらなあかんねん。そう悪態をつきながらもなんやかんやで先輩とおるんは楽しい。まあ絶対に言わんけど。 謙也君の後ろには部長と、そして珍しいことに千歳先輩もおった。てかこの人今更やけど無駄にデカイわ。そう言ったら「そんな光がむぞらしか」と意味不明なことを言われた。 「どこ行くんすか?」 「そやなぁ…どこがええと思う?」 「どこでええすわ」 「ほなじゃんけんで光が勝ったら中庭。俺が勝ったら屋上!白石が勝ったら…部室。で千歳が勝ったらー…んー?」 「…謙也ほって屋上行こか」 部長の一言で歩き出す。うんうんと悩んでる謙也君が「ちょっ!待ってや!」と後ろから付いて来た。普段あまり行かない(だって暑いやん)屋上へと向かう。部長が屋上のドアを開けると「めっちゃ眩しいわ」と呟いた。 屋上に出るとほんま太陽が眩しくて顔をしかめる。基本インドア派な俺は出来るならば太陽から逃げていたい。外でテニスしてるくせに何言ってんねんと思われるけど、太陽は苦手。これやったら教室で食べる方がよかったわ…と思った。 「あ、誰かいるなぁ」 「ほんまや。屋上に来る人って意外といるねんな」 「でも一人やで?」 そう話す先輩ら。チラッと奥を見ると確かに誰かおる。顔はイマイチ見えへんけどたぶん女や。まあ別に関係ないし…と思いながら日陰に腰を下ろす。「今日はちゃんと授業出たばい」と言う千歳先輩に「いや、毎日出ようや」とみんながつっこむ。すると足音が聞こえる。さっきの人が出るんかな…と何気なくチラッと見る。 (…あっ、…) ペットボトルを思わず落としそうになった。スローモーションのように歩く姿が映し出され、そして目が合う。ふっと笑うその人は、紛れも無い川瀬さんやった。 「ほらな、会ったやろ?」 そうふわっと笑いながら川瀬さんは立ち止まった。数メートル離れた場所でも川瀬さんの声は耳元で囁くように鮮明に聞こえる。そして何事もなかったかのように再び歩き出す。俺はペットボトルを床に置き「すんません」と先輩らに一言かけてから追い掛ける。階段を下りる彼女は俺に気付いたのか足を止めた。 「来ていいん?」 「別に…てか同じ学校やったんや…。びっくりしたわ」 「ふふ…な、すぐに会えるよって言ったやろ?」 「…川瀬さんは俺のこと知ってたんや」 「まあね。テニス部レギュラーで有名ですから」 私服しか見たことなかったから制服に身を包む彼女は新鮮で、色素が薄いのか自然な茶髪と白い肌がとても綺麗や。しかしそこで気付く。なぜ同じ学校だと言わなかったのか。そのうち会うと分かっていたのならわざわざ隠す必要もなかったはずだ。 「なんで隠してたん?」 「んー、気まぐれ…かな?会った会ったでいいし、もしも会わなかったらそれまでやと思ったから」 そう告げる川瀬さんに少し苛ついた。俺は会うことをむしろ楽しみにしてたのに、彼女は会わなかったらそれでもいいと思ってたのか。そう思うと一人浮かれていた自分がアホらしく感じた。無言でいる俺に「でもな、」と彼女が話す。 「2回目に会った時おかしいと思わんかった?いつもの先輩とはおらんのって…知らんはずやのに先輩とおるって変やろ?」 「…そんなん忘れてるわ」 「…ごめん。気悪くしたよな。でも、うちこんな人やねん…薄情でごめんな」 「…別に謝る必要ないわ」 少し切なそうに笑う川瀬さん。こんな人ってどういう意味なのかようわからんけど、何故か悲しそうに話す彼女に得も言われぬ感情になった。「じゃあまたね」と言って川瀬さんは角を曲がって消えていった。 暫くして屋上に戻ると「光て川瀬と知り合いやったんか?」と謙也君が興味津々で聞いてきた。 「去年同じクラスやったんやけどお前と知り合いやったなんて知らんかったわ」 「まあたまたま知り合っただけっすわ」 「確か白石も一年時同じクラスやなかったっけ?」 「ああ、川瀬さんなら同じクラスやったで」 「でもなー光がなー。お前案外マニアックやな」 「なにが?」 「川瀬って個性的やん。あんまし他人と関わるん好きやなさそうやし…まあその点似てるかもな!」 「何言ってるんすか?」 「え?だってお前好きなんやろ?」 好き…?この人なに言ってるんやろ。そんなんやあらへんし、と思いながら右に流す。一人で盛り上がる謙也君にウザいと言ったら「アホか!」と言われた。アホは先輩や。 「川瀬さんええと思うで」 「どこら辺が?」 「シャンプーの香するし。あとなんや魅力あるやん」 「もしかして白石…、」 「ちゃうちゃう。そういえば千歳同じクラスやろ?」 「……そうですね」 「あ、絶対知らんやろ」 「クラスメイトの顔と名前ばあんまし覚えてなか…」 喋ってる先輩の言葉をうっすら聞きながら先程のことを思い返す。俺は会うのを楽しみにしていた…?川瀬さんに、会いたかった…?それは何故なのか。自問するも答えはわからない。 川瀬さんに会えて嬉しかった。そしてまた、彼女と会いたいと思う自分がいる。 それは何故か… やはり答えはわからない。 うっすらと浮かび上がる (それは一体なにか…、) 20100927 [*前] | [次#] |