アネモネ | ナノ



好きなバンドが近くの箱でライブをすると知ったのが昨日。そのライブの日は明日。これ行けっちゅーことやんな。


ロックイベントっちゅー在り来りなイベント名。5バンド集まってライブするらしい。その内のひとつに俺の好きなバンドがいる。で、その内のひとつに謙也君が好きなバンドがあったから誘ってみた。すると「行く!絶対行く!」と興奮気味に言われてちょっとウザかった。


平日の18時半スタート。休日やないんかいって思ったけど明日は部活休みやしよかった。しかも考えてみると休日やと朝から部活で疲れてるし好都合や。今日の謙也君は明日のライブのことで浮かれて部長に怒られとった。アホちゃう?って思ったけど俺も相当浮かれとる。パソでライブ動画見て曲のおさらいしてる自分にちょっと自笑した。





…………………………


「ってか人多いなぁ!うわーめっちゃテンション上がってきた!」


一旦家に帰って私服に着替えてからライブハウスにやって来た。平日やというのに客でいっぱいや。しかもやたら男ばっかで女はちらほら。周りの客を見ると派手な奴やいかにもバンドやってますみたいな人達で、学校では目立つ謙也君の金髪もここじゃあんまし目立たん。客層は俺らと同じ位かちょい上で若い。


「よっしゃ!今日は暴れたんねん!最前列行くで光!」

「一人で行ってください。前行くん好きやないんすわ」

「そうなん?おもろいのに」

「ダイブやモッシュて意味わからんわ。怪我するだけや」


そう言うと「あの命懸けっぽい感じがええんや!」と笑顔で話す謙也君。今日出る謙也君が好きなバンドは所謂青春パンクで、暴れて叫んでやっちまえ的なバンド。こりゃ後ろから偉いおもろい光景が見れそうや。


「まあ怪我だけはしんとってくださいよ」

「任せとき!」

(うわーめっちゃ不安)


そうこう話してると10分押しでライブが始まった。「ほなまた後でな!」と謙也君は言葉を残して一発目のバンドから前に行った。とりあえず俺は後ろの椅子とテーブルがある所に座った。ライブが始まったということで座ってる人はほとんどおらん。端っこに座って後ろから観戦していた。






………………………


「前で見いひんの?」


ライブの中頃、転換中の時に横からそう声が聞こえた。ふとそちらを見ると同い年ぐらいの女がドリンク片手にそう声をかけてきた。なんやねんって思ったけどライブハウスっていう空間のせいか、俺はそいつの問い掛けに答えてやった。


「前も好きやけど暴れるんは好きやない。後ろで眺めてる方がええ」

「私も同じや。なんや今回の客層は暴れる系が多いからなぁ…まあ見るのも好きやけど」



そう話ながら前を見る女。俺もつられて前を見ると仲良さそうに誰かと喋ってる謙也君がいた。誰とでも分け隔てなく接する謙也君はこういう場ですぐ友達が出来る。彼の明るい性格だったり優しい人柄や雰囲気が時々無性に羨ましくなる。自分にはない素質だから…。すると、どのバンド目当てなん?という言葉をかけられ我に返った。謙也君からその女に目を移して返事をした。



「そうなん?私も同じや!また一緒やな」


嬉しそうにフワッと笑う女に一瞬目を奪われた。と、同時に準備が整ったのかメンバーが登場して観客の声が響き渡った。このバンド目当てで来た俺は思わず椅子から立ち上がった。一曲目から新曲のイントロが鳴り響いて俺はステージに夢中になった。


2曲連続でやった後MCになった。後ろで見てて気になることがある。


(…アカンわ…このバンドはそんなノリちゃうねん)


俺が好きなこのバンドは60年代風のロックバンド。昔ながらの単純なコードリフにちょくちょくおかずが入る。横ノリで自由気ままに各々が踊る…そういうバンドや。今回のイベントはメロコアや今時のロックバンドが多いからと分かるけど…縦ノリはちゃうやろ。今までと同じようなノリで暴れまくる客にイラっときた。するとあの女が「ちゃうなぁ…」と声を発した。


「アカンなあ…この人らノリ方間違ってるわ」

「ほんま。まあイベントでこのバンドがいること自体浮いてる気もすっけど…」

「ああ確かに…わかってるの一部だけやね」


後ろの方で楽しそうに踊っていた人達を見ながら、そう女は話した。よく見るとその人達はこのバンドTシャツを着ていて納得した。ギターが鳴り始めると、その女は席を立った。


「やっぱこういう風に踊らんとね!」


そう告げるとさっきの人達の所へ走り一緒に踊り出した。男ばかりの中に一人だけいる女。曲に合わせて楽しそうに踊りまくる女がとても印象に残った。






………………………


「めっちゃ楽しかった!てか暑っ!」

「暴れてる謙也君おもろかったすわ。てかあのバンド放送禁止用語言いすぎやろ」

「あー、連呼しとったなあ!今日も脱ぎよるしほんまおもろかったわ!」


無事にライブは終わり、汗かきまくりのヘロヘロになった謙也君が後ろへやって来た。ドリンクを一気飲みすると「げふぉ、」とむせはった。ビールなんか一気するからやろ、と思いながら俺もアルコールが入ったドリンクを飲み干す。未成年やけど…まあライブハウスではご愛敬っちゅーことで。



「ずっと此処にいたんか?喋る相手おらんしつまらんくなかった?」

「や、喋り相手なら…」


さっきまで横におった女の方を見たら、そこには誰もおらんかった。あれ…?と思いながら辺りを見渡すといない。確かに最後のバンドが終わるまで横におったはずやのに…。



「どないしたん?」

「…なんもないっすわ」



ここで初めて会ってたまたま会話しただけやのに、挨拶もなく突然姿を消されたことに何故か悲しくなった。そう言えば何歳やねんろ…名前は…住んでるとこは…?お互い何も自分のことを話さなかった。好きなバンドについてただただ共感し合っただけ。知り合いにファンがおらんから喋ってて楽しかったのに…と思いながら女が飲んでいた空のグラスをぼんやりと眺めていた。





それはまるで白昼夢だった
(溶けた氷が音を鳴らした)


20100923





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