小説 | ナノ


一晩考えてみたが全くもって意図がわからなかった。からかっているのならば質が悪すぎる。本心であるのならばあまりにも突然過ぎる。一氏君、あなたは何がしたいの……?


結局昨日は友達とのカラオケを断って家に帰った。あの突然の告白に頭はぼんやりぐるぐると渦を巻き、良くも悪くも一氏君でいっぱいになった。入学してからの記憶を搾り出して一氏君と接点があったか考え直した。共通の友達なんていないし、こうやって同じクラスになるのは初めてだし、クラスメイトになってからも全然喋ったことないし……。


うーん、悪い夢なら覚めてほしい。なんでこうも関わりがない人に翻弄されているのか、全くもって不明な点が多過ぎる。


いつもよりも重い足取りで学校に行って教室に入る。教室を見渡せば友達の柊ちゃんがおはよー!と挨拶をしてくれた。「昨日はどうしたん?今はもう大丈夫なん?」と心配する柊ちゃん。あ、そういえば体調悪いと嘘をついてカラオケ断ったんだ。



「もう大丈夫だよ。昨日はごめんねいきなり断っちゃって」

「ええよそんなん。元気やったら何より!…でもなんかちょっと顔色悪くない?」

「あー…寝不足で…」



本当は昨日の出来事をいち早く言いたいんだけど、こんな人が多い場所では報告も出来ずごまかした。うん、まあ嘘はついてないし。一氏君でいっぱいになって全然眠れなかったもん。


ちらっと廊下側の一氏君の席を見れば彼はもう教室にいて、いつものように強い視線と、おまけに怪しげな微笑を浮かべていた。

(なんだかものすごく嫌な予感…不敵の笑み…?)

お願いだから皆の前で突飛な行動はやめて欲しい。でもだからと言って何もないとは考えられないし……あーもーぐちゃぐちゃ!
そんなこんな考えていたらチャイムが鳴り、担任が教室へと入って来た。




お昼休み。
いつもは教室で柊ちゃんと食べるんだけど、あの話もしたいから屋上へとやって来た。ちらほらと人がいるものの教室よりか幾分少ないので良しとしようではないか。お弁当もそこそこに私は昨日の出来事を話し始めた。



「…っていうことがあったんですよ」

「……それホンマに一氏君?」

「うん。一氏君だったと思う。いや、この際限りなく一氏君に近い何かでもいいよ」

「一氏君がひなになあ…今まで接点て合ったっけ?」

「ないです」

「ですよねー」



何やら小難しい顔をしながらうんうんと考え込む柊ちゃん。ここまで親身になって考えてくれるなんてなんていい人だろう。私が男の子が苦手なのを知っているから尚更考えてくれるのかな…しかも相手は全然掴めないクールな一氏君だし。私はクールなんて思ったことないけど、ただ単に怖い人。



「私さあ、一氏君とは同じ中学校だったんだよ」

「そうなの?一氏君も四天宝寺だったんだ」

「中学の時はそれこそ結構な有名人で人気者だったんだよ彼。男女問わず人気で、今でもまあ人気は高いけどもっと親近感があるような人気者。女の子と付き合ってるとか聞いたことなくって、むしろ男の子しか興味ないみたいな人だった」

「えっ?それって男の子が好きってこと?」

「いや、ネタだったのかホンモノだったんかは知らないけど…まあ中学時代を知ってる私からすれば一氏君が女の子に告白するなんて考えられないってこと。だからさ、その一氏君の告白は冗談とかじゃなくってマジだと思うよ」

「……でも、私だよ?」

「ひなは十分魅力的だから考えられないことはない。控え目な女の子って結構需要高いんやで?まあ何かあったら相談のるしがんばれ!」



そう話すと何やら楽しそうに笑顔になる柊ちゃん。あれ、これってどうしたらいいか解決方法を聞こうとしてたのに、いつの間にか応援されてない私?
(一氏君と私かあ……ってないない!ありえない!)






「起立ー、礼。さよならー」


あっという間に授業は終わり放課後になった。今日は流石に一氏君の方を見ないよう努めて、その結果全然目が合わなかった。一氏君も特に変わった様子もなく、いつものように男子と喋っていた。

(あれ、やっぱり昨日のことは悪い冗談だったのかな?)

そう思うと若干の苛立ちはあるものの、何だが胸がホッとした。


今日はこのあと昨日のリベンジで柊ちゃんとカラオケに行く約束をした。柊ちゃんは二日連続だけど「私歌うの好きだから」と鼻歌混じりに言ってくれた。昨日はクラスメイトもいたんだけど、今日はみんな予定があるらしい。たまには柊ちゃんと二人でっていうのもいいよね。まだまだ話したいこともいっぱいあるし!


鞄に宿題で必要な教科書とノートを詰め込めんで席を立とうとしたその瞬間、見たことがある手が視界に入って来た。見たことがある…あ、そうだ昨日の一氏君の手に似ている…んんんっ?!



「帰るで」



バッと顔を上げればそこには一氏君が昨日と同じように立っていて、これまた昨日と同じように私を見つめながら見下していた。

(帰るで……帰る?!)

ヘルプを出そうと柊ちゃんを見れば何やらニヤニヤとこちらを見ていて、クラスメイトは一氏君が女の子に話しかけている、しかも「帰るで」という言葉になんだなんだと?!と興味津々にこちらを見ていた。



「なんやその間抜け面。早うしな置いてくで、ひな?」



名前を呼ばれた瞬間、クラスメイトが騒ぎ出した。


「一氏が川瀬さんのこと名前で呼んだで!」「え、あの二人ってそういう仲なん?!」「えーっ、付き合ってるんちゃう!!」「全然そんなそぶりなかったやん!」

いろんな言葉があちらこちらから聞こえる。皆がこちらを見てるその注目度に自然と顔は熱くなり、一氏君のふっと優しく笑う表情が珍しくって戸惑い、いろいろなモノが急に混ざり合って恥ずかしくて恥ずかしくて視界がぼやけてきた。



「ほら、行くで」



グイッと無理矢理腕を捕まれて立ち上がされると、私の鞄を持ちながら扉へと引っ張られる私。すれ違うクラスメイトはそんな一氏君の行動に驚いて、私と一氏君をちらちらと見比べる。

「お前らって付き合ってんの?!」

クラスメイトがそう声を張り上げると、一氏君は足を止めて声の方へ顔を向けた。



「そうやけど。なんや?」



淡々とそう告げる一氏君。そう言葉を残して一氏君と私は教室を後にした。教室からはガヤガヤと騒がしい声が廊下にも響いていた。今だ掴まれている私の右腕と、掴んでいる一氏君の左腕を見ると、何故だか胸の奥がキュッと締め付けられた。




掴まれた右腕


20110708

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