5万打企画 | ナノ


高校生になってから見る見る内にユウジはおかしくなっていった。その姿は悲しいほど痛々しくて、時々真っすぐ彼と向き合うのが恐くなった。


入学と同時にテニス部の皆はバラバラになった。初めの頃は中学の仲間が恋しくてこぞって皆で集まって遊んだりご飯食べに行ったりと連絡を取り合っていたが、何だかんだで各々の生活に馴染んでいき疎遠になっていった。

ユウジと私は同じ高校に通っていて交際を続けているが、彼氏であるユウジは当時の面影がひとつもないように感じる。明るくて笑いに敏感だった。だけど今はもぬけの殻のように静かに憂鬱そうに過ごしている。

その原因はわかっている。小春が此処にいないからだ。彼は全国的に有名な進学校へと行ってしまった。ユウジにとって彼は最も良き理解者でパートナーだった。ユウジの独特な思考回路を唯一理解し、そして同調してくれた。部活仲間、相方、親友…そんな言葉では例え難い関係だと思う。もっと深く根本的なところで、小春はユウジを支えているように見えた。

初めの頃はそれこそユウジも小春とまめに連絡を取り合っていたみたいだが、返信のスパンだったり届く時間が少しずつ長く遅くなり…その内ユウジから連絡をしなくなった。


「ユウジは進路決めてる?もうすぐ進路希望提出の時期やんなあ」

「別に決めてへん」

「行きたい大学ないん?」

「ない」

「…そっかあ」


先程からパソコンの前に座ってぼんやりと画面をみているユウジがそっけなく言葉を返してくれた。

こうやって部屋で過ごすことが多くなった。以前なら部活終わりや休み日は買い物に行ったりお笑いを見に行ったりとよく外へ出掛けていたのに…。でもそれもやっぱりテニス部の皆と一緒に行ってたし、もちろんユウジの横には小春がいた。


「久々にお笑いとか見に行かへん?買い物でもいいし」

「どうせつまらん若手ばっかやろうしええわ」

「でも中学ん時はよう見に行ってたやん」

「それは周りが俺に笑いを求めてたからや。一人頭ん中で笑いを構成したって見せる奴もおらんし……一緒にする奴もおらん」


そう話すとユウジは椅子から立ち上がり「飲み物取ってくる」と部屋から出て行った。



なあユウジ…
そうやっていつまでも殻に閉じこもってたって何にもならへんよ。時間が経てば環境や関係だって変わる。以前のように小春は側にいないけど、でもそんな過去のように扱わんとって…もういなくなったみたいに、扱わんとって…。

小春に対する喪失感や空虚感は私にはわからんけど、でも昨日だって今日だって、たぶん明日もユウジから私へと悲痛な叫びがひしひしと伝わってくる。声にならない心の痛み、辛さ、悲しみ。

心にぽっかり穴が空いた部分を必死に私で埋めようとしてるの気付いてるよ?悲しみが増せば増すほど比例するかのように私へと依存するユウジ。部活もせず毎日こうやって二人っきりの空間にいて…ユウジは楽しい…?

過去ばかり捕われる自分が情けなく虚しくて考えないようにしているよな……昔の楽しかった思い出は、今の自分には悲しく切なくさせるモノになっているのにも気付いてるよ。でも最近のユウジはエスカレートしている。考えないようにするのではなく、なかったことにしようとしている。全てを忘れて無にしようとしている。

昔からユウジは極端だった。イチ(一)とヒャク(百)しか物事を考えない性格だった。…でも今はゼロ(零)とヒャク(百)しか考えないようになってる。自分にとって辛くて悲しいモノの全てゼロにしようとしている。それはつまり、テニス部や小春との思い出を全てゼロにしようとしているんだ。

なあ、イチとゼロは違うんやで?全てをゼロとヒャクでしか見ない生き方は悲しくて寂しいよ。以前のようには戻れないけど、それでも小春はこの世に存在してるんやで?それをゼロになんかにせんとって…そんな考え方じゃいつかユウジは壊れてしまうよ。



「ひな…」



いつの間にかユウジは部屋に戻って来てて、私の横に座り小さく名前を呼んでいた。その表情はどこか切なくて、貪るよう口づけをする彼が悲しくて泣きそうになった。

こうやって触れ合う度に胸が裂けそうになる。果たしてこの行為はユウジの愛故の行為なのか、それとも補い切れない傷口を隠す一時の快楽の為の行為なのか…。どちらにせよユウジの依存度が増す一方であることには変わらない。覆いかぶさるユウジに、ギュッと締め付ける私。そんな風に私とユウジはこの先ずっと一緒にいられるのだろうか。

もしも、私も小春のように遠くへ離れてしまうようになったらユウジはどうするのだろう?小春のように私をゼロにしてしまうのかな。それが恐くて鞄に仕舞ってある東京の大学のパンフレットを、私はなかなか彼に見せられない。



ゼロとイチの境界線


Thanks:芯さん
(恋愛、切ないお話)


20110627