「え?」
唐突に伝えられた言葉に、私は目を丸くした。
「もしもの話だ」
そう目の前の人はフッと笑みを零したが、いかんせんこちらは脳内の処理が追いつかない。
『もし俺が明日死んだらどうする?』
赤井さんは晩ご飯のメニューでも聞いてくる様な気軽さで私に尋ねてきたのだ。
「あのねえ、不吉な事言わないでくれますか?ただでさえ絶えず身体中に生傷打身こさえて帰ってこられて、こっちは毎回死ぬ程ひやひやしてるんですから」
「ああ。毎回手当てしてもらって、感謝してるよ。
で、お前はどうするんだ?俺が死んだら」
恋人としてどれだけの時間を共に過ごしてきたかはもう、わからない。
ただ、未だにどんな仕事に就いているのかは詳しく聞いていない。
身体に生傷は絶えず、何週間、何ヶ月と会えない事も何度もあった。日本にいるのかすらわからない時もあり、よほどワールドワイドで危険な任務を任されているであろう事だけは理解している。
だから、なくはないのだ。
その可能性は。
赤井さんが、この世からいなくなったら。
…………。
考えただけでも足元にぽっかり黒い穴が開いたみたいに、急に足がすくみそうになった。
想像しただけで既に半泣き状態な私の反応を見て悟ったのか、苦笑いする赤井さんはふわりと私を引き寄せた。
腰を抱く腕に力がこもる。
それは、壊れ物を扱う様に酷く優しく、赤井さんのまっすぐな愛情が伝わってくる抱きしめ方だった。
どうしてなんだろう。もしもの話をしているだけだった筈なのに、なぜか胸が痛い。私はその痛みを紛らわせるように赤井さんにぎゅっとしがみつく。
私の頭をゆっくりと撫でながら、赤井さんはぽつりと言った。
「忘れていいから」
それが、最後だった。
「俺はお前を愛してる。お前も俺を愛してくれているだろう。…だからこそ、もしいつか、俺がお前より先に逝ったなら、その時は……」
少しだけ、言いよどんで。
でも、ひどく優しい顔で。
「俺の事は忘れて、幸せになってくれ」
数日後、私は彼が死んだという知らせを受けた。
2016.05.05
『みじんもない』の赤井パートでした。