「あー、朝メシなんもねえわ」

冷蔵庫を開けて、松田がぼそりと呟いた。

空っぽの冷蔵庫の扉を閉めた松田が、黙々と着替えている私に向かって歩いてくる。
こいつ足長いなー、と黒のスーツを視界の端に捉えて思う。
会社で毎日見ているけど、まだネクタイも締めていないラフな状態は彼女の私ぐらいしか見る事が出来ないのだと思うとなんとなくときめいた。でも本人には言わないでおこう。調子乗るから。

「じゃー私マック行こうかな。松田ん家の近くにあったよね」
「ええ?朝マックする時間あったら俺とイイことしよーぜ」

もう朝晩は少し肌寒く感じる季節になってきた。薄手のニットからすぽんと首を出した私を後ろから抱き締めた松田は、そのまま首筋に唇を落とす。

「いや、あと1時間もないからね」
「30分あれば余裕だろ?いや、俺たちの愛の力があれば10分でも…」
「手抜き過ぎ」

腰の辺りを怪しくさまよう手をすり抜けて、洗面所へ向かう。松田が私の背中に向かって何か叫んでるけど、気にしている暇はない。
我々社会人は忙しいのだ。
残念ながら朝っぱらから何も考えずに彼氏とイチャつく余裕も体力も時間もない。

「冷てえ…」
「今日は10時から会議もあるからね」
「忘れてた…」

鏡の前でピアスをつける私の肩に顎を乗せて、松田は項垂れる。いや会議忘れてるとかほんとやる気ないな。どうやってあの営業成績を維持出来ているのか益々疑問だ。

「あ、それこないだのやつ?」
「うん、お気に入り」
「似合ってるな」

誕生日に松田がプレゼントしてくれたピアス。
さすが大学時代からの知り合いなだけあって私の好みドンピシャだった。
鏡越しに目が合うと、松田は顔を寄せてにやりと微笑む。
ああ、我が彼氏ながら改めてイケメンだ。

「お返しは身体でいいぜ?」
「ときめいた私がバカでした」
「え?ときめいた?つまり昨日の続きを今からするってことだな?」
「過大解釈もそこまで行くとプロだよね」
「つれねーなー」

真顔で返せば、松田はからからと笑って洗面所から出て行ってしまった。あら珍しい。いつもならもうちょっと絡んでくるんだけど。
まあ良いか。そう思って最後に軽く前髪を整えて洗面所を出ると、松田は既に玄関に立っていて、私の鞄を差し出してくれた。

「んじゃ行くか。お前さあ、そんなに固くならなくても大丈夫だっての」
「…え?」
「会議でプレゼンあるから緊張してんだろ?顔こわばってる」
「…うん」

よくわかったなあ…。
そう、今日は月に1回の全体会議で私の発表が回ってくる日なのだ。別に大した事じゃないし、資料もばっちり用意してあるんだけど人前で話すのが得意じゃない私は昨日からずっと緊張していた。
松田、さっきは会議忘れてたとか言ってたのに、あれわざとだったのか。

ジャケットを肩から掛けて私に微笑みかけるその立ち姿のかっこよさたるや。
さっきまでテキトーな事ばかり言っていたのも、実は私の緊張を見抜いての事だったとしたら、もう歯が立たないなあ。

「松田ってすごいなー」
「ん?」
「ありがとう。大好き」
「………やっぱしてから行かねえ?」
「しません」

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