小説 | ナノ
見てるだけで満足。見てるだけで充分。
そう何度も自分に言い聞かせてきた。
だって、そうじゃないとやっていけない。
「リンク兄ちゃん、久しぶりだゴロ〜!」
「あぁ、そうだな。元気にしてたか?」
はぁ〜…。
ゴロンの子供ときささくにしゃべる勇者様も素敵だ…。
理由はまったく知らないが、(おそらくトワプリと思われる世界に)トリップしてしまった私。
この世界で無一文の身寄りのない私を助けてくれたのは、城下町に一人暮らしをしているおばあさんだ。
まぁ、大変そうだったから買い物をちょっとお手伝いしたら家に誘われて、身の上を「何も覚えていない」とありがちな記憶喪失で話したら涙ぐみながら「思い出すまでここに居ていいんだよ」と優しい言葉をもらい、現在そのご厚意に甘えている状態なのだ。
ちなみに働かざる者食うべからず、という言葉があるように、私は手伝える家事は引き受けてるし、なんと!色々なコネのおかげでテルマの酒場で働かせてもらっているのだ!!
なんかすごい夢小説っぽくありません!?
しかし!
今だに勇者との接触は皆無でございます。
理由は簡単。
自分が思ってたよりもチキンだっただけなんです、はい。
今まで何度か、頑張ればお話しするチャンスはあった。
しかし、意気込みとは反比例するように体は動かなくて。
彼が酒場に入り浸ってる、とまではいかないが、ダンジョン攻略に行き詰まった時や情報が欲しいときに全身緑の人が入っていくのをよく目撃する。(私も初プレイ時は情報もらうため通ってたし)
その時にでも「テルマさん!何かお手伝いすることありませんか?」とか笑いながら店に入って行けばいいんだろうけど、どうしてもダメなんだ……。
ドアからこそっと彼の様子を見れれば、すごく満足で。
彼が店から出るときに反射的に木箱の隅へ隠れたのか、全ての始まりだった。
隠れんぼは得意な方だった。
それが生かされたのかはわからないが、勇者はこちらにまったく気づく様子がなく、ミドナの声も聞けちゃったりしたので私的にはすごくおいしかったりする。
なんかストーカーくさいというのには否定できないが、とにかく私はあの緑と金髪を視界に入れるだけで至極満足、ということなのだ。
それに話せたら話せたで、変な言葉を口走ってしまう自信があるし。
そして今日の勇者は何をしにこの城下町へ来たのだろうか?
アッシュさんがおそらくスノーピークと思われる場所に出かけてからそんなに日は経っていない。
ということは、さしずめこれからスノーピーク攻略、という所か?
勇者がゴロン達と話でも終えたのか、動く。
彼はそのままテルマの酒場に入っていった。
さて、私はどうするか。
今はちょうど買い物の帰りで荷物を持っているのだが……、勇者の後を追いかけたい、というのか一番の本音だ。
だって、だって!生勇者!!
長く視界に入れて、私は目の保養をしたいんだ!!!
でも荷物邪魔!!
…少し葛藤した結果、間を取って私は情報収集をすることにした。
「どう、儲かってる?」
「なまえお姉さんだゴロ!」
一応は城下町に住んでいるので、温泉水を売っているゴロンの彼等とはお知り合いである。
おばあさんがここの温泉水が好きでよく私が買いに来ているから、所謂顔なじみの客、という感じである。
「今日も温泉水買っていくのかゴロ?」
「んー、今日は買わないよ。だって昨日買ったばかりじゃない。」
「言われてみれば確かにそうだゴロね…。」
少し落胆した様子の小さい彼に可愛さを感じてしまう私はもう末期である。
「さっき話してた緑の人が、噂の勇者さんね?」
「そうなんだゴロ!」
もう一度温泉水の商売を始めるのに、カカリコ村からモンスターのいる平原を越えて熱々の温泉水をぶっかけてもらった、という話は既に聞いている。
そしてつい最近、温泉水イベントを無事に終了させた彼はここで温泉水を買って行き、フィローネ地方とラネール地方の間にある大きな岩をゴロンに壊してもらったのも、実を言うと確認済みだ。
「なんだか楽しそうに話してたみたいだったけど、何の話をしてたの?」
「釣りの話だゴロ!」
釣り、だと…!?
「餌にはハチノコとミミズのどちらの方が釣りやすいか、ハイラルドジョウをいつか釣ってみたい、とかそんな話だったゴロ!」
「へぇー。」
どうやら勇者は釣りがお好きなようだ。
ラルス王子からイヤリングをもらえれば餌なんてもう必要ない、と知ったらどう思うのだろう。ちょっと気になる。
あ、温泉水を買いに来たと思われるお客さんがこちらに来た。
大きなビンを持ってるからそうだと思うんだよね。
「じゃ、私は買い物の途中だから帰るね。お手伝い頑張って!」
それだけ言うとその場から離れる。
ちらり、と後ろを向くとやっぱり大きなビンを持った人は温泉水を買いに来た客だったようだ。
よかった、商売の邪魔しなくて。
帰り道の途中、少しだけテルマの酒場を見て行くことにした。
狭い路地に入り、階段を下りようとしたときにちょうど扉を開けて緑の人が出てきた。
それにびっくりした私は反射的に反対方向に走る。
占い屋の前まで逃げてきてから、思うこと。
ま た や っ て し ま っ た …
これじゃいつまでたっても勇者とお話し、なんて夢のまた夢である。
後ろを振り向く勇気なんて私はもっていなくて。
とりあえず今日は勇者を見ることができたからそれでよかったじゃないか、と自分を慰めて帰路につくのであった。
(反射的に動いちゃうのはどうしようもない)
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