小説 | ナノ



その日は朝から雨が降っていた。

だから、いつも夜は賑わっている酒場が少しだけ寂しかった。
雨の日に出かけるのが憂鬱になるのはどの世界でも共通らしい。



「なまえ、今日はもう上がって良いよ。」

「えっ?」

「これ以上客は来ないだろうしさ。」



一番賑わっているはずの時間帯でさえあまり人が来なかったのだから、そのピークを過ぎた今は確かにもう客は増えないように思われる。



「でも…、」

「ここ最近頑張りすぎなんだら、休めるときは休んどきなさいって。」



んー、特に頑張りすぎという言葉に覚えはないのだが…。
おばあちゃんの看病で休みをもらってたからその分頑張っているつもりだったんだけどなぁ…。

曖昧に反論しないでいたらそのままテルマさんに押し切られてしまい、早めに上がらせてもらえることに。
ついでにエマさんに、とまた大量のフルーツをもらってしまった。
本当にテルマ様々である。頭が上がりません。


片手にはフルーツ詰め合わせを持ち、お疲れ様でした、と声をかけて酒場を出る。


雨はまだ降り続いている。
私は淡い緑の傘を差して帰路につく。
ちなみにこれは前に雨が降ってきたときにおばあちゃんが私のために、と買って来てくれたものである。
緑っぽい色合いなので密かに、いや盛大に気に入っている。

こんな日は温泉水の販売をしていないのか、ゴロン族の姿は見えなかった。
夜だし、当たり前かもしれないけど。
もちろん人通りもなく、少しだけ寂しい気がした。

あ、そう言えば南門の外にはゴースト(ポウフィーだっけ?)がいるんだっけ。
前にチラ見したときは勇者がまだ退治していないらしく、闇夜にきらめくカンテラがあったのを覚えている。
ちょうど早くに上がらせてもらって時間もあるんだし、少しだけ様子を見ていくことにした。


城下町と平原は2枚の扉で頑丈に守られている。
まぁ、特に見張りも居ないし少し力を込めて押せば普通に開いちゃうんだけどね。
こんな守りで本当に大丈夫なのかちょっと不安だ。

2枚目の扉を開けるとかすかだが、ズシャァァァ!といういかにも戦闘してます的な音が聞こえてきた。
え、このまま開けたらヤバい感じ!?

とりあえずフルーツを忍びないが、この扉と扉の間に置いておくことにした。
ここは屋根があるので濡れないから多分大丈夫だろう。
傘もたたんで、扉に耳を付けて外の音を拾う。
雨が降っている音以外に、なにやらビュンビュンと大きな鎌が風を切り裂く音が聞こえる。
その音が途絶えた次の瞬間には、軽い足音と何かが何かに噛みついて攻撃してる音がした。

……ん?
今度はゴーストの魂にとどめAをした見たいな音が聞こえたぞ。
ごまだれー、と心の中で呟いておく。

その後、雨音以外は聞こえなくなった。

外の様子がどうなったのか激しく気になったので、少しだけ扉を開けてすき間から様子を伺う。
すると、なんということでしょう!!
雨の中でぐったりと倒れているわんわんが見えた。

その姿を見たときに、私の体は走り出していた。

パシャパシャと足音を立てて近づくとミドナのような黒い影が闇に消えるのを見たが、あいにく夜なので確証は持てない。
とりあえず目の前の狼さんが息をしているかを確かめる。

口に耳元を近づけると、たいぶ荒いが息を繰り返しているのが確認できた。
次に体全体にさっ、と視線を配る。
大きな怪我や出血の類はなさそうだ。
それに安心したが、このまま雨に打たれ続けると体温を奪われて風邪を引いてしまう。
とにかく雨をしのげるところに移動させないと。
お姫様だっこの要領でわんわんを持ち上げようとすると、思いの外重くて持ち上がらなかった。
どんだけ重いんだ、この勇者は…っ!

色々と運び方の試行錯誤を繰り返した末、なんとか引きずるようにして門の方へ連れて行く。
その見た目と私の顔がアレなのは気にしない、気にしない。つーか、本当に重すぎだから!!


倒れている狼さんを門の近くの屋根のある場所に連れてきた時には、私も雨でぐっしょりと濡れていた。
服が肌にくっついて気持ち悪いし、かなり疲れた。私もその場に座り込む。
しかし、今は自分のことよりも今はわんわんさんの方が優先である。
一息ついてから奇跡的にあまり濡れていなかったタオルを使い、聖獣を拭いていく。
でもそれだけじゃやはり水分は取りきれなくて。
風も出てきたし、濡れたままだと冷えてしまう。

本来なら家に連れて帰る、ってのが一番良い選択肢だ。
おばあちゃんならたぶんわんわんが元気になるまで面倒を見るくらいは許してくれると思う。
だけど、勇者が重すぎて運べないのでそれは却下だ。

次に、この城下町の扉と扉の間の屋根のある場所に放置する案がある。
一番実行できる気がするが、朝扉をあけて狼がいたら大騒ぎになりそうという可能性がある。
それまでにわんわんが目を覚ませば問題なのだけど、そんな確証はない。よってこれも却下。

人を呼ぶって手もあるが、狼なんて助けてくれる人がいるのか謎だ…。
一般市民にとって相手は自分達を襲うかもしれないモンスター、って認識なのだろうし。

すると、雨のしのげるここにこのまま放置…ってのが良いってことになるが、それだけはダメだ!!
憧れの勇者をここに放置なんてできない!!
でもでも、それ以外に選択肢がないのも事実で。



「どうするかなぁ…、」



そのままうんうんと唸って考えていたら、また風が強くなってきた。
この後どうするかはまた考えるとして、今は風よけになるようなものを探すのが先のようだ。
あっ!傘が風避けになるんじゃね!?私ってば天才!!

立ち上がり扉の向こうに置いてきた淡い緑の傘を開き、それを狼の風よけになるようにそのままの状態で横に置く。
うん、これで少しはマシになるんじゃないかな。

もう一度扉の向こうへ行く。
そこにはフルーツの袋があるだけだった。
だけど私は思い出したのだ。このフルーツを濡れないように、ってテルマさんが布を入れておいてくれたのをさ!
それを取り出して、わんわんの体を拭くのに使う。

あっ、ちゃんとピアスしてる!
前足?の鎖もそのままで感動した!!
なんて心の中で歓喜しながら拭いているうちに、思ったよりも大きくて吸収性の良いそれのおかげで水分はたいぶ取れたようだ。
本当にテルマ様々である。頭が上がりません。

風がなるべく当たらないように今度は角に狼を移動させて(かなりの重労働だ)、彼に覆い被せるようにして傘を置く。
よしよし、これで風よけ要塞の完成だ。
ついでにさっきの布を絞って、わんわんの上に掛けておく。
ちょっと湿っぽいかもしれないがないよりは良いと思うし、最初に水分を拭き取るのに使ったびしょびしょのタオルよりはいいんじゃないかな。

しかし、これだけだと若干しっぽの方が傘からはみ出てるんだよね…。
傘が小さいのではなく、狼さんがでかいからいけないんだ。
これくらいなら…って少し考えたが、やっぱり納得いかない。

色々と考えて、申し訳程度だがテルマさんからもらったいくつかのフルーツを積み重ね、それに絞ったのにもかかわらず相変わらずびしょびしょのタオルを掛けて小さなバリケードを作った。
………ないよりはマシだと信じたい。


倒れるくらい疲弊してるんだから、本当は連れて帰ってお世話して一食一晩の恩とかで勇者と知り合いになれればとても素晴らしい話だ。
なのに!
だのに!!
狼を運ぶことのできない非力な私を許しておくれっ…!!



「…っごめん!」



できるだけの処置はしたので、私はフルーツを濡れないように抱きしめて雨の中を帰るのだった。







(フルーツはいっぱいあるので勇者おいしくいただいてくださると嬉しいです)





「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -