五万打企画 | ナノ
君のせいです





ここ最近、女子多数による蔵ノ介への熱い視線が増えた気がする。前から蔵ノ介は女子から絶大なる人気を誇っていたけど、それがより一層すごくなった。それも三学年のみならず下級生からも、言わば校内中の女子が蔵ノ介に憧憬か、はたまた恋心を抱いているようだ。


『あの子、白石くんの彼女らしいよ』

『あー、アレが?』

『えー‥なんか‥』

『そんなに可愛くないじゃん?』


蔵ノ介の周りでは、女の子たちが頬を赤らめながら「今日もかっこいい」「ほんまイケメンやわ」などと楽しそうに噂する。対照的にあたしの周りでは、それはもう女のドロドロした部分を剥き出しにした噂をされる。それはもう慣れっこだけど、相変わらず蔵ノ介がモテるのは良い気持ちはしない。

蔵ノ介はカッコいい。でもそれだけじゃない。あたしはカッコいい蔵ノ介も好きだけど、テニスをしているときに見せる真剣な表情や、たまに(主に毒草を語るときに)見せる可愛い表情をする蔵ノ介の方がもっと好き。蔵ノ介のいいところは「カッコいい」ってこと以外にも沢山あるんだから。




「あ、やっと来たわ」


図書室で借りた本を返し、教室に戻ると、蔵ノ介が窓側の席に一人で座ってた。


「あれ、部活は?」

「今日はオフやから一緒に帰るって約束してたやろ?」

「あ」

「忘れとったな」


ふぅ、と呆れたようなため息を一つ。ごめんと謝りながら、蔵ノ介の前の席に座る。窓から入ってくる西日が蔵ノ介を照らしてる。なんか、すごく綺麗だ。


「ほんまに名前ちゃんはしゃーない子やな」

「ごめんね、今度なんかおごるから許して」

「ええよ、彼女に奢らせるなんて気分悪いわ」


「彼女」っていう言葉がいちいち嬉しくてにやける口元を隠した。彼女、彼女、あたしは蔵ノ介の彼女。学校中の女の子たちが羨む居場所をあたしが独占できる。これ以上幸せなことは無いと思う。


「‥あれ?」

「ん?どした?」

「それなんやの」


蔵ノ介の制服のポケットから何やら可愛らしい包み紙が見える。それを指摘すると、蔵ノ介は少し慌てだした。‥あやしい。


「あー‥これはな」

「正直に言うたら怒らんで」

「‥さっき後輩の女の子に貰た」

「へーえ!あらそう!ふーん」

「怒らん言うたのに」

「別に怒ってへんわ」

「怒っとるやろ」

「怒ってへん!しつこいわ」


沈黙。
怒ってない、ほんとに怒ってないないんだけど。蔵ノ介が断っても無理やり渡してくる子は多いから仕方ない。分かってはいるんだけど、なんかすごくもやもやする。


「‥ごめんな」


蔵ノ介がガタガタとあたしたちの間にある机をよける。机一つ分空いていた空間が無くなって、もっと蔵ノ介が近くなった。それからよしよしといった風に頭を撫でられる。それだけで喜んでいる自分がいて、なんだかあきれる。


「なんか、うまくなだめられてる気がするんやけど」

「んー?気のせいやって」

「はあ‥あたしも単純やわ」

「しゃーないなあ、せやったら俺がちゅーしたる」

「なん、何でそーなるん!」

「え、いらんの?」

「‥‥‥‥いる」

「うんうん、素直でええ子やなー」


蔵ノ介の手が頬に触れて、ぽかぽかする。蔵ノ介は微かに笑ってて、ほんまに綺麗な人やな、と再確認した。


「どこにしてほしい?」

「‥おでこ」

「おん」


ふ、と目を閉じると微かに蔵ノ介の気配がする。どきどきしてるのにひどく安心する。矛盾しているようだけど、この感覚が心地良い。
蔵ノ介の顔が近づいた感じがしたと思ったら、口に何か触れた。それが何かなんて考えなくても分かったけど。そうや、この人はこういう人間や。


「‥」

「‥‥どやった?」

「‥おでこって言うたのに」

「あれ、せやった?あかん、間違えてもうたわ」

「うそつけ」

「せやったらもっかいするか?」

「ふーんだ」


クスクスと笑う蔵ノ介が憎らしい。そっぽ向いたのには、赤くなった顔を見られたくなかったという理由がある。もっとも、蔵ノ介にはすでにバレていたけど。


「名前、顔が赤いで」

「夕日のせい」


さっきみたいに頭を撫でられて、ゆっくり振り返ると、蔵ノ介は笑ってた。すっかりオレンジ色に染まった教室で、あたしたちはもう一度キスをした。