五万打企画 | ナノ
とりあえずは
「え、なんやて?」
「だからな、氷帝の幼なじみが今日偵察に来んねん」
「偵察に来るて‥そんなん言うたら偵察やないやろ」
「その幼なじみ、ちょっとボケてんねん」
突っ込みどころ満載やで、とケンヤは付け足した。突っ込みどころが多いとかそういう話はどうでもええんや。偵察に来るてわざわざ伝えるとかどんなボケやねん。まさか前もって伝えとくことに意味があるんか?氷帝、あの跡部のことや。何か裏があるに違いない。ほんまに厄介な相手や。
「俺と侑士とよく仲良うしとってなー、あいつ自然とボケ担当やってん」
「‥」
「‥あー、白石」
「なんや?」
「裏があるんやないか、とか色々考えんでも平気やで」
「いや、考えるやろ普通」
「ほんまに何も考えてないだけやで、あいつは」
まあ、このケンヤの幼なじみやからな。確かに何にも考えてないことも有り得そうや。けど、氷帝の忍足とも幼なじみなんやろ?あ、ちゅーか向こうに侑士の方の忍足もおるやんか。阿呆、ますますタチ悪いわ。ケンヤもポヤンポヤンし過ぎやで、ほんまに。
「で、いつ頃来るんや?そのボケ担さんは」
「そろそろやないん?」
「ちゅーか、偵察に来た人間をノコノコ入れるはずないやろ?門あけたらアカンで」
「え、ホンマか?あいつ多分開くまで待つで」
「そんなん知らんで、ちゅーか自分も幼なじみ庇いたいなら俺に伝えてどないすんねん、そーいうんはコソコソやるもんやろ」
ケンヤも大概ボケボケや。そんなん言うてもなー、とケンヤは頭をかいていかにも困っているといった仕草をする。そうこうしているうちにドンドン、と門を叩く音が聞こえてきた。
「いいか?開けたらアカンで!」
「鬼やなー、白石」
「誰が鬼やねん!」
「けど、こんな炎天下のなか女立たせるなんて酷やで」
「‥は?」
ひどいやっちゃなー、とケンヤは先ほどと同じような仕草をとりながら門の方向を見ていた。
「ちょい待ち、偵察に来てんのって女の子なん?その幼なじみて女の子やったんか?」
「氷帝のマネージャーて言うたら大抵女の子やろ?」
「あほう!自分、マネージャーとも言うとらんかったわ!」
何考えてんねん!ケンヤを無理やり引っ張って門の前まで行くと、控えめに「すみません、誰かいませんか」と言う声が聞こえた。あかん、ホンマに女の子やった。
「ええか、大人しく帰ってもらうよう説得すんやで」
「おん」
とりあえず偵察とはいえ女の子をずっと立たせとくわけにもいかないと思い、ゆっくり門を開ける。
「‥あの、はじめまして、氷帝2年の名字名前と申します」
驚いた。何に驚いたって理由は三つ。一つは門を開けたときにゴン、と鈍い音がしたこと。相手が鼻をぶつけたらしい。思いの外近くに立ちすぎてたみたいや、相手は鼻をさすりながら自己紹介してきた。 二つ目はケンヤのいう幼なじみっちゅーんが年下やったこと。ほんまにケンヤの情報はどこか不十分や。 三つ目は‥生まれて初めて女の子を可愛いと思ったこと。こんな可愛い子、初めて見た。
「あ、謙也くん」
「久しぶりやなー、名前」
「うん、ほんとに」
可愛い幼なじみさんは久々に会ったケンヤと盛り上がり始めた。あかん、それですら嫉妬してまうわ。
「あんな、わざわざ来たとこ悪いんやけど、自分中に入れること部長に許可されなかってん」
「え、そうなの?」
「おん、だから今日は大人しくかえ」
「ケンヤ、早よ練習に戻りや」
咄嗟にケンヤの言葉を遮る。無意識にそう言ってしまい、自分でも少し困惑した。もといケンヤはそれよりも困惑しとるみたいやけど。
「ええ?白石がここまで引っ張って来たんやろ」
「何でもええから早よ行きや」
自分がおかしなことをしてるのは分かってる。ケンヤには悪いけど、二人が仲良うしてるのをこれ以上は見てられんかった。ふと気がつくと、幼なじみさんが大きな目でじっとこっちを見ていた。おまけに上目遣いときたもんや。
「それはあかんて‥」
「え?」
「いや、こっちの話」
「‥あの」
「ん?」
「部長さん、ですか?」
「おん、部長の白石蔵ノ介です」
「あ、私、氷帝の」
「あー、さっき聞いたで」
ほんまにボケボケちゃんや。すみません、と頬を赤らめながら謝る姿も可愛らしくて、自分の中の狼の部分が出てきそうや。
「やっぱり‥中には入れてもらえませんか?」
「せやなあ‥自分、偵察部隊やもんな」
「‥はい」
「ほんなら」
「はい?」
「彼氏の練習見にきたっちゅーんなら、問題ないで?」
え?え?と彼女はひどく困惑しとった。まあ、当たり前やな。俺はなんかよう知らんけど、今ならなんでもできる気がした。
「私、彼氏なんていませんよ?」
「せやから」
「?」
「俺の恋人っちゅうことで」
「‥‥ええっ!?」
顔が真っ赤や。ほんまからかいがいがある子や。いや、真面目に言ってるんやけどな。けどこの子とおったら必然的に俺はツッコミ担当やな。それは別にええけど。
「どや?」
「え、えっと」
「ちなみにマジな話な」
「え!?」
「一目惚れってあるんやで」
「あの‥」
「‥うん」
「お‥お友達から、宜しくお願いします」
礼儀正しく下げられた頭を思わず撫でてしまった。これほどケンヤに感謝することは、後にも先にもこの1回だけやろな。
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