庭球 | ナノ



あたしは平古場凛が苦手だ。クラス替えをして同じクラスになった当初から好きじゃなかった。あんな金髪ロン毛、性格悪いに決まってる。影でとんでもない事してるに決まってる。だから気にくわない、好きじゃない。席替えで平古場の隣の席になって、あたしは絶望した。これから絶対に忘れ物なんてしないと心に誓った。誓った矢先に教科書を忘れるという大失態をおかした。

左隣は平古場。右隣は壁。教科書を見せてもらうにも壁が相手じゃ見せてもらえないじゃないか。どうしよう、休み時間中に忘れ物に気付くことができたなら、友人にでも借りに行けたのに、保健室に行ってサボることだってできただろうに。


「ん」

「‥え」


突然、目の前に教科書が差し出され、左隣の平古場を見る。


「やー、教科書忘れたばぁ?見れば」


畜生、きっと奴はあたしが教科書を忘れ慌てふためいている姿をあざ笑っていたのだろう。そしてあたしは平古場に借りを作ってしまったのだ。きっとこれから使いっパシリにされるに違いない。あああ!あたしの平穏な学校生活はこの男にぶち壊されるのだろう、彼氏の一人も作れずに奴の奴隷となるのか。絶望だ。


「‥どうも」

「おー」


きっと奴の頭の中ではこれからどうあたしのことをいたぶってやろうかというシナリオが立てられているに違いない。恐い、どうしよ。

授業終了のチャイムが鳴る。何故か福音のように感じられた。やっと家に帰れる。神さま、わたしもう二度と忘れ物はしません。だから次の席替えではあたしを良い席へと導いてください。
そんな事を心の中で何度も願いながら颯爽と帰る準備をする。さて、見たいテレビもあるしさっさと帰ろ。


「名字」


急に呼び止められたのであたしの心臓は大きく跳ねた。別に名前を呼ばれてここまで驚くことはないと思うでしょうが、呼び止めた相手が相手なのです。振り返ると、目に入る金髪。


「‥は、はい?」

「‥バイバーイ」


何を言われるのかと思い、身構えたものの、平古場の口からは拍子抜けな言葉が出てきた。バイバイと言う言葉には、本来の意味のほかに悪い意味はあっただろうか、と言葉数少ない自分の脳内辞書から探してみるも、見つからなかった。
平古場は返事をしてこないあたしに対して、不思議そうな表情を投げかけた。


「あ、うん、バイバイ」


平古場は軽く笑って、先を歩く甲斐くんの後を追った。なんだ、あいつもあんな風に笑うんだ。バイバイ、なんて言うんだ。優しく、声かけるんだ。平古場が振り返って手を振ってきたので、あたしもつい振り返してしまった。

原因不明なことに、あたしの心臓はどきどきと自己主張をしている。理由はわからない。ただ、それは平古場に対する恐怖からのものではないことだけは、あたしにも分かった。




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相手に惹かれていることに気付きたくなくて、固定観念に捕らわれてるヒロイン。