庭球 | ナノ



俺、何かしたっけ。隣の席に座っている名字名前に、やけに避けられているような気がする。名字のことはクラス替え当初から気になってた。陽気な性格で、男からも女からも好かれてる。気が合いそうな奴だと思って、ずっと話してみたいと思っていた。だから、席替えで隣になれた時は、柄にもなく喜んでしまった。
とはいえ、相手に避けられているようじゃどうすることもできない。下手に話しかけて露骨に嫌そうな顔をされたりしたら、多分心が折れるだろう。かと言ってこの機会を逃すのも勿体無いと思う俺は、最近このことばっかりに頭を抱えている。

結局、今日も名字と会話できずに6限目の授業を迎える。ふと、隣に目をやると、名字が机の中や、かばんの中をあさったりしている姿が目に入った。その様子を見て気づいたこと、どうやら名字は教科書を忘れたらしい。こいつは廊下側の席だから、右隣は壁。
これ、チャンスやっしー。


「ん」


す、と教科書を俺と名字の間に差し出す。名字はきょとんとしていた。


「やー、教科書忘れたばぁ?見れば」

「‥どうも」


初めて俺に向けて声を発してくれたことに、やけに感動した。「おー」と素っ気なく返事をしたものの、俺は内心かなりハシャいでた。名字が遠慮がちに教科書を覗いてて、なんか可愛いと思った。

授業終了のチャイムが、やけに鬱陶しく感じる。今の時間は随分短く感じられた。気づくと、名字はすでに準備を終えて、帰ろうとしている。俺は無意識に名字の名前を呼んでいた。


「名字」

「‥は、はい?」


呼び止めたはいいものの、次に何を言うかなんて考えていなかった。


「‥バイバーイ」


苦し紛れに出た言葉だった。名字は驚いたように俺の顔を見ている。やべ、キモがられてるかも。やっちまった。


「あ、うん、バイバイ」


言葉を返されたことに安心して、ついつい顔がほころんだ。そのままいると、もっと気の抜けた顔をしてしまいそうになったので、前方を歩いている裕次郎を追いかけた。振り返ると、まだ名字がこっちを見ていたので、思わず手を振ったら、名字も振り返してきて、やけにどきどきした。



(やっべー、はまりそうやっしー)