家を出て数分。通学路の途中にある坂の上で、裕次郎を待つ。マイペースな男だからすぐに来ることもあれば、延々と来ないこともある。(ちなみに、あたしよりも先に来ることはない。) 昨日も一昨日も裕次郎は遅刻してきた。全くそう毎日一体どこで寄り道をしているのだろう。裕次郎が遅刻するせいで、最近は一人で登校することが多くなった。彼女って言う訳じゃないから当然といえば当然だ。ただ、小学校から一緒のクラスで、家の方向も同じというだけで、気が付けば一緒にいることが多くなった。 中学に入って、女の子から「付き合ってるの?」という質問をよくされた。その度に、なんだか裕次郎が遠くなっていくような気がして嫌だった。彼女でもないのに、当たり前のように裕次郎の隣りを独占してきたあたしを、嫌いだと言う女の子は少なからずいる。あたしだって、いつまでも気持ちを伝えられない自分が大嫌いだ。 「裕次郎ー‥はやく来いー‥」 ポツリ。呟いてみたって、奴が来ることはないんだけど。この寂しさをなんとか紛らわせたかったから、つい声に出してしまう。早く会いたいよ、裕次郎。 いつもなら、仕方なく先に行くあたしだったけど、今日は裕次郎をいつまでも待っていたくなった。あたしの我慢もそろそろ限界だったのだろうか。 「あれ、名前ー?」 気の抜けたような、それでも愛しい彼の声が聞こえてきた。遅いよ、ばか。 「今、9時半ばーよ」 「知ってる、ふらー」 「第一声がだぁかよ」 「裕次郎、来るの遅いよ」 「あー、名前、なんで待ってたんやっさー?」 顔が見たかったから。声が聞きたかったから。裕次郎に触れたかったから。なんて言ったら、引くでしょ、君。 「名前、皆勤逃しちゃんなー」 「いーよ、たまには遅刻してみたかったし」 「じゃあ、二人で寄り道しながら登校やさ」 「え‥いいの?」 「今更なんさあ?どうせなら、ゆっくり行くんが良いやっしー」 裕次郎があたしの手を引いて歩き出す。数多くある裕次郎の寄り道コースの中でもお気に入りの道とやらを教えてくれた。色鮮やかに咲いているアカバナーが目に入る。綺麗だなあ、やっぱ。いやいやじゃなくて、寄り道コースがどうとかアカバナーがどうとか言ってる場合じゃない。そろそろ学校に着く頃なんですけど、この状況はどう対処すべきか。とりあえず、裕次郎に聞かなければ。 「ゆ、裕次郎」 「んー」 「手」 「手がどーしたー」 「繋いだまんまじゃん」 裕次郎がさぞ不思議そうな顔をしながら、あたしの顔を眺めた。いや、あたし何か変なこと言いましたか。 「なんさあ、今更。わったー付き合っちょるさ、当たり前のことやし」 「ちょっと、いつからそうなったのよ」 「わんがやーを好きになった時から」 「‥自己中」 「やー、嬉しいくせに素直じゃないさー」 「裕次郎なんか、嫌いだし」 「‥ちばりよ、わん」 嘘。大好きだよ。ありったけの気持ちを込めて、繋いだ手に力を込めたら、裕次郎も強く握り返してくれた。 「今朝、なんとなく坂の上で名前が待っちょるような気がしたさー」 裕次郎が笑う。容赦なく照りつける太陽は、彼の笑顔を一層輝かせる。ただ暑いだけだった陽射しも、今はとてつもなく愛しいと思えるのだ。 |