「名前、今日一日だけ付き合ってくれんね?」 隣に住んでた千里が笑顔でそう言った。 制服をビシッと着こなし革(合成皮)の鞄を肩に掛け、部屋を出る。忘れ物はない。階段をゆっくりと下りていきそのまま玄関へと向かう。端に寄せられたローファーを中心に持ってくる。それからつま先をトントン。さあ、今日も元気に学校へ。ドアに手をかけて、出た先には私服の千里が立っていた。そしてさっきの会話へとつながる。 「付き合うって、どこへ?」 「決めとらん、気の向くままに」 気の向くまま?ちょっと待ちなさい、私たちこれから学校。そう、学校。千里の言ってることはいつも少し分からない。 「行くばい」 スタスタとあたしに背を向けて歩き出す。そっちは学校とは逆方向。カランコロンと音がするのは千里の足元から。こんな重たそうな下駄を履いているなんてまったくどうかしてる。そんな千里のうしろを無言で着いてくあたしもどうかしてる。 「ねえ」 「んー」 「どこに行くの」「学校行かなくていいの」「あたしお金あんまり持ってないんだけど」とりあえず思いつくままに言葉を発したら千里は「質問責め」と笑った。しばらく歩いてたらあたしのお腹が鳴いた。ファーストフード店にでも入ろうかって話したけど、生憎あたしは制服姿だったから補導されかねないと思ったので、千里ひとりに買いに行かせた。 昼食をとった後もあたし達はただぶらぶらしてるだけだった。おもちゃ屋さん、雑貨屋さん、骨董品店。たまに足を止めて見る。会話はないけど不思議なくらい安心した。 近場の公園の日陰に入って歩き疲れた足を休める。そういえばここは小学生の頃、千里とよく遊んだっけ。千里はとなりで草むらに寝転んでいる。気づけばもう陽は随分傾き始めていた。 「俺、引っ越すたい」 「そうなんだ」 「‥驚かんと?」 「今日はずっと変だったから何かあるんだろうなって」 朝から少し寂しい顔をしてたから。千里はそういうの隠すの下手だ、昔から。 「お前さんには見抜かれとんね」 千里がむくりと起き上がった。髪や背中に葉っぱがいっぱいついてる。それを払うために手を伸ばすと、その手をさらに大きな手が制した。千里と目が合う。キスをする。そんな関係じゃなかったはずなのに止めようとなんて思わなかった。今日あたしは本当にどうかしてる。 「好いとうよ」 一週間後、千里は引っ越した。おかしなことに一週間前のあの日からあたしたちは恋人らしいことを全くしなかった。もっとも、恋人になったつもりもないし、なろうという話をしたわけでもないんだけど。あたしは後悔してるのだろうか、千里はどうしたかったのだろうか。難しい問題だったので、早々に考えるのをやめた。 ただ少なくとも彼を拒まなかったあの時のあたしは、千里を好きだった気がする。 ------------- リハビリ@ 不思議を通り越してもはや意味が分からない。 arbitrary‥気ままな |