庭球 | ナノ



ざーいぜーんくーん、後ろからマヌケな声が聞こえたかと思えば急に目の前が暗くなった。「だーれだ」と散々聞き慣れた声で問いかけられる。鬱陶しかったから答えることもせず手を振り払って視線だけ後ろに向けると、案の定、奴が立っていた。


「なーに、相変わらず無愛想やなあ、答えるくらいしたらどうなん」

「アホに付き合うたらアホが感染るやん」

「アホやないて、スキンシップやスキンシップ」

「あーそう、ほなさいなら」

「ちょお待ち!」


ガシッと腕を掴まれ内心しまった、と思った。こいつに捕まると先が長くて考えただけで気が遠くなりそうだ。何かと絡んできては意味もない話をして気が付けばいつの間にかいなくなる。こいつのペースに巻き込まれると部活後の倍の疲れがたまる。
俺の腕をしっかりと掴んで名字が口を開いた。


「財前ー、ちょっと頼みがあんねん」

「あっそ、他あたるんやな」

「財前じゃないとあかんねん!」

「そうか、じゃあ俺には無理や、堪忍な」


ざーいぜーん、と名字がワイシャツの裾を引っ張ってくる。あかん、こいつマジでウザい。どっかのホモ先輩ら並みにウザいわ。溜息混じりになんやねん、と振り返ると名字は手を出してきた。


「お金貸してほしいねん」

「‥いやや」

「なんでや!」

「お前に金貸して返ってきた試し無いやん」

「出世払いやて、3倍返しにしたる」

「遠慮しとくわ、じゃ」


ケチー!という名字のでかい声が廊下に響き渡った。うっさいやっちゃと、振り返ってみるとあいつは既に他の男に駆け寄り金を借りようとしていた。

なんやねん、別に俺やなくてもええんやんか。財前じゃないとあかん、この言葉にちょっとでも喜んだ俺がアホやった。あーほんま、あほらし。人生最大、今世紀最大の汚点や。なんやあいつのあの憎ったらしい笑顔は。でもって相手の男も鼻の下伸ばしてんやない、みっともない。


「‥あーもう、くそっ」


500円くらい俺が貸したるわ、アホ!