庭球 | ナノ



あー、やっと落ちた。何がってあれ、ユニホームの汚れ。もう15分間ずっとこの汚れと奮闘した。


「名前ー」

「う、ひゃあ!」


急に首筋にひんやりとした感触があって、あたしは文字通り飛び上がった。振り返れば、そこにはあたしより随分背の高い男が立っている。


「千歳」

「はは、ひっどい顔ばい」

「失敬な!」

「驚いたとよ?」

「心臓飛び出たかと思ったわ」

「ばってん、手、水でキンキンに冷やしとったばい、気持ちよかったとね?」

「ビビるわ!」

「はは」


千歳は、気がつけば横にいることが多い。ふらふらと猫のように寄ってきて、執拗に構ってくるときもあれば、ただ静かに隣にいるだけだったりするときもある。


「汚れ、落ちたと?」

「んー、まあまあ綺麗になったかなあ」


洗い終わったユニホームをかたく絞って、はい、と渡す。今日は特に暑かいから、ひんやりとした水がとても気持ちよかった。マネージャーの仕事は案外汗をかくので、日焼け止めなんて塗っても意味を成さなくなる。

千歳は絞られて雑巾みたくなったユニホームを広げた。


「びちょびちょばい」

「仕方ないじゃん洗ったんだから、きっとすぐ乾くよ」

「肌に張り付くたい、気持ち悪いとよ」

「はいはい文句言わないの」


ユニホームを奪い取って、無理やり着せてやろうと思ったけど、当然のことながらこの身長差では着せられるはずがなかった。ち、と舌打ちをしたら、千歳は随分楽しそうに笑った。


「名前は小さかねー」

「千歳がでかすぎんの!もー、届きやしない」

「百年早いばい」

「なにおう!」

「ははっ、むぞらしかねー」


千歳はわしゃわしゃとあたしの頭を撫でた。髪をさわられるのは好きじゃないんだけど、千歳なら別にいいやって思ってしまうのは、あたしが千歳のことを好きだからだろう。かと言って千歳と彼氏彼女と言う関係になって手繋いで登下校したりちゅーしたりしたいかと言うとそうでもない。ただいつものように当たり前に千歳が隣にいてくれれば良い。あたしの言う千歳に対する好きは形の違うものなんだと思う。


「けどあれよね、彼女できたら大変だよね」

「何とね?」

「やっぱりちゅーしづらいじゃん」

「あー、首も痛くなるけん、苦労するばい」

「けどあたしならそれを利用して素敵なシチュエーションを作り上げるよ」

「たとえば?」


そうだな、と考えながら辺りを見回したら、水飲み場付近にある高い塀が目に入ったので、そこに飛び乗った。


「たとえばー、こういう段差利用して自分が上からちゅーすんの」

「それ、かなりベタとよ」

「いーの!」


ふ、て千歳がものすごく優しく笑うから、柄にもなくどきっとした。千歳が少しずつ近寄ってきて、自分より背の高くなったあたしを見上げた。


「なんか新鮮ばいね」

「あたしも思った」

「名前、そのシチュエーション、試してみるたい」


え、と声も上げる隙もないくらいに素早く、千歳に後ろから頭を押さえられた。うわ、何だこれ、なんであたし千歳とキスしてんだろ。なんかやばい、めっちゃ苦しい!

ようやく手の力がゆるめられて、千歳の体は離れた。なのにあたしの心臓は鳴り止まず、むしろさっきよりも音がでっかくなった気がした。
千歳。自分からしといてあんたまで赤くなるとは何事よ。こっちもますます恥ずかしくなってくるじゃないか。


「思ったより、どきどきしたばい」

「あ、あたしも」

「俺、お前のこと好きなんとね?」

「あたしに聞くな」





案外侮れない彼


title*sappy