これが今の私の日常

 やってしまった。
 痛む腕に、瑠璃は奥歯を噛みしめる。腕の痛みよりも、ここで役に立たなくなることが今の彼女にとっては何よりの苦痛だ。
 ここは反荒神派が集う場所。元荒神である瑠璃にとっては、快適といえるところではない。しかし、瑠璃は家族をとめたいがためにここへ来た。一人では、できないから。
 そして、なんとか辿り着いた荒川城砦で瑠璃は、兎角千鶴の傍で配膳の手伝いをしてた。体力がない自分でもできることがあることに、瑠璃は喜んだ。自分も、誰かの役に立つことができるのだと。
 冷たくあしらわれたりすることもあったが、それでも瑠璃は自分にもできることだからと配膳の手伝いを続けていた。

「大丈夫?」
 少し意識をとばしていた瑠璃に、柔らかい女性の声が聞こえる。どうやら、痛みについて聞いてきたらしい。
 少し痛いだけですが、大丈夫ですと答えると、女性はそうかと優しく言った。丁寧に手当てをしてくれることに、感謝する。そして、こんな自分でも優しく接してくれる人がいることが、瑠璃は嬉しかった。自分は、『家族』を裏切ってしまったから。
 しばらく手当ての様子を見ていると、少し離れた場所にいた、手当てをしている人とは違う女性が声をかけてくる。

「……三綾ちゃん、どうなったか知らないかしら」

 その言葉に瑠璃ははっとする。ずっと、仲がよかった、大切な親友。逃げる途中、彼女によく似た絵を見かけた。作者は、兄である荒神第一。もしかしてとは思ったが、城砦へ行くのに必死で深くは考えていなかった。
 しかし、最後に見た彼女の顔は、どこか無感情。いつもの明るさはなく、ただ近づき難い雰囲気があった。
「わかりません……」
 小さく呟くと、奈々子はそう、と興味なさげに言う。これ以上話しをしたくないのだろう、彼女はそれ以上何も言わずに離れていった。
「終わったよ」
 手当てをしてくれた女性が言う。まだ少し痛みはあるが、大丈夫そうだ。
 ありがとうございますと言うと、女性は次はきをつけてねと柔らかく笑んだ。

 ここにいる人は誰も悪くない。悪いのは、あの平和を壊したのは紛れもなく家族で。だからこそ、瑠璃は家族を止めたかった。そしてここに来たのだ。
「大丈夫だった?」
 先程の場所へ戻ると、配膳を行っている青年、千鶴が心配そうな声で瑠璃に言う。真剣に瑠璃を見てくるその瞳に、一瞬ドキリとする。今はそんなこと感じる余裕なんてないはず、ただ彼の優しさに甘えているだけだ。
「大丈夫です。まだちょっと痛みますが、使えないほどではないので」
 笑うことは苦手だが、それでもこれ以上彼に心配かけたくないために無理に笑う。かなりひきつってるかもしれない。しかし、彼は少し眉根を寄せるとそうかという言葉以外何も言わなかった。
「あの、私これ洗ってきます!」
 沈黙が怖くて、瑠璃は逃げるように彼から離れる。なぜ沈黙が怖いのかわからなかった。ただ、なぜか彼をこれ以上悲しませたり心配させたくないとは思った。

 

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