紡ぐは言の葉結ぶは縁
実家の、咲都季の部屋にて。貴深子は、姉の咲都季とともにとある準備を行っていた。
「ねえ、本当にいいの?」
咲都季が、貴深子に問う。
「大丈夫だ。みんなも納得している」
あんたのいうみんなって誰よと狼狽する咲都季を無視し、貴深子は準備を続ける。咲都季も、反応を示さない貴深子にむすっとしながらも止めていた手を再び動かした。
暫く作業を続けていると、よしできた、という咲都季の声が聞こえる。それと同時に、貴深子も作業が終わった。あとは、これをあそこへ運ぶだけ。
時間を見ると、バイトへ行く時間にちょうどいい。用意したものをさっとまとめると、貴深子はこれから行ってくる、と咲都季に声をかけた。
「じゃあ、お願いね。うまくいかなかったらちゃんと連絡してね!」
家を出る直前、咲都季が言う。貴深子はそれに、手を振って返した。
荷物がいつもより多すぎて行くだけで疲れそうだが、心はどこか晴れやかで知らず知らずあくどい笑みを浮かべていた……。
ヘブンイレブン西京駅前。そこが、貴深子のバイト先だ。駅に近いということもあり、人の出入りはそこそこ多い。
さあ今日も頑張るかと着慣れた制服に着替えてカウンターに出ると、ヘブンイレブンの店長である匙谷誉が声をかけてくる。
「鵜澤さん、なんかいつもより疲れてるみたいだけど大丈夫?」
その心配そうな声に対し、貴深子は今日はちょっと荷物が多くて大変だっただけです、と答えた。
「私たち姉妹は、兄以外体が丈夫なのが取り柄なんで」
だから、大丈夫です。そう言って貴深子はさらに念を押す。
それならいいけど、とそれでも心配する店長に、貴深子はこの人いつかすごい詐欺に合うのではないかと失礼な心配をしていた。
さあこれからバイトだ、と気合を入れる。今日は夜勤。夜はまだ長い。そこそこ頑張ろうと、貴深子は心に誓った。
夜も更け、外は明るい世界が広がっていく。仕事が終わり、貴深子は早朝勤務にきたバイト仲間によろしくと言って私服に着替えた。ふと、持ってきたものをどうしようか考える。確か、店長は今上の自室で仮眠をとっていたか。ちょうどいいかもしれないと思い、貴深子は荷物を持って店長のいる部屋へ向かった。
ある扉の前で、貴深子はノックする。すると、声が聞こえてきた。どうやら、起きていたらしい。
がちゃりという音とともに顔を出してきた店長に、どうもと挨拶をする。そして、店長を押しのけて中へ入った。何度か見たことがある部屋の中は、相変わらずで。
貴深子は、部屋の隅にどかっと多量の荷物を置く。店長は、驚いた顔をしていたが何も言わない。それをいいことに、貴深子はこれをよろしくお願いする、と言った。
よろしくお願いしますってどういうこと、と言う店長に、貴深子は、いざというときのためのお泊りセットです、と答える。その答えに納得したのか、店長が軽く息を吐いた音が聞こえた。
嘘は言っていない。
じゃあ、私は帰ります。そう言うと、貴深子は振り返らず部屋を出る。バイト先で飲み物を買うと、貴深子は家に帰った。
それから何日か、貴深子は店長の部屋へお泊りセットをわけて置いていく。店長は訝しげな顔をしていたが、何も言わない。これでいい。
そして、暫く経った日。貴深子は、咲都季に全部持って行ったよ、と言う。じゃあ、明日行く、と咲都季は呟いた。さあ、これから面白いことが始まる。あの人は何を思うだろうか。
それから次の日、バイト先へ行き、またいつものように仕事を終える。今日は昼勤だ。仕事が終わると、貴深子は咲都季の所在を確認する。彼女は、飲み物を物色していたようで貴深子が仕事を終えたとわかると、会計をすまして近寄ってきた。
「これから行くか」
貴深子が言うと、咲都季は緊張した面持ちで頷く。どうやら、少し震えているようだ。
店長の部屋の前に着くと、また同じようにノックをする。あらかじめ、今日店長のところに泊まりたいと言っていたのだ。
咲都季をちょっと見づらい位置にいさせる。そして、あの時と同じように顔を出してきた店長に、よろしくと言った。店長は困った顔をしながらどうぞ、と中に入れようとして、そこで貴深子は咲都季を中へ促す。
お邪魔します、と丁寧に頭をさげながら、中へ入った咲都季を貴深子と店長は見ている。店長は驚いてか、固まって動かず何も言わない。奥へ進んでいく咲都季を見届けると、貴深子はそれじゃあよろしくお願いします、と丁寧に頭を下げる。そして、何かぶつぶつ呟いている店長を無視し、階段を降りた。
お泊りセット、あれは貴深子のものではなく咲都季のものだ。いやあ、気づかれなくてよかったと素直に思う。いいことすると気分がいいな、と思いながら貴深子は家ではなくアトリエとして使ってる何概館へと向かった。