隣にいるだけでよかった

 人が騒がしい昼の食堂。たくさんの人が集まっているこの場所で、大輔はオリガの姿を探していた。
 昨日、オリガと一緒に昼ご飯を食べたとき。また一緒に食べていいかと聞くと、彼女はどうぞと言っていた。嫌がっている様子には見えなかったので、早速今日もご一緒しようと思ったのだが。
「確かいつもならこの時間にいることが多いんだよなあ」
 自分に言い聞かせるように独り言をつぶやく。自分の考えが間違っていないと確認したかった。
 目をこらして周りを見ると、見覚えのある艶やかな金色の髪が見える。大輔とは少し離れた位置で、昼食を一人でとるようであった。
 大輔は、偶然見つけたという素振りでオリガに近づく。後をつけていたとか、待ち伏せしていたとかということを気づかせぬように。
「オリガさんこんにちは。奇遇ですね」
 精一杯の笑顔で、オリガに声をかける。思ったよりも大きな声を出してしまったようで、食堂に声が響いた気がするが、気にしない。むしろ、大きいほうがいいだろう。
 オリガはこちらに気付いたらしく、前と同じく優しい笑みを向けてくる。そしてこんにちはと返してきた。
「大輔様、お隣どうぞ」
 挨拶以外何も口に出していなかったのだが、どうやら察してくれたらしい。昨日の今日で図々しいかと思ったが、彼女が気にしていないのなら遠慮はしない。
 大輔は隣の席に持っていた昼食を置いて座ると、早速食べ始めた。
 緊張して味などわからなかった。また今日も無言で食べ進めていたが、昨日ほど苦痛ではない。
 半分ほど食べ終えたところで、大輔は何か喋ろうかと考える。しかし、女性にする話題など何も浮かばない。こんなことなら、友人から女性との会話の仕方とか教えてもらうべきだったと後悔しながら、話しのネタを考えていた。
「小さいころ、剣道やってたんですよね」
 とりあえず、過去のことについて話してみる。女性が食いつく話題かどうかはわからないが、長時間無言よりはましだろうと思い込むことにした。
「まあそうなんですか? すごいですね」
 意外だというように彼女は驚く。はたしてこのまま続けていいのだろうかと悩んだが、それでも大輔はこの話題を続けることにした。
「ええ。中学と高校のころですが。それに、俺全然弱かったんですよ」
 自嘲気味に笑う。六年間続けていた剣道であったが、上達は見込めなかった。しかし、楽しかったですねと付け足すと、オリガはほう、と感嘆ともとれる返答をする。
「ワタクシもやってみたいですね」
 オリガの言葉に、大輔はそうですかと言うだけで精一杯だった。他に何か言えることもあったのだが、頭が回らなかった。
 再び無言となる。とりあえず第一目標はクリアしたのだと大輔は思うことにした。今日は、雑談ができたのでよしとしようと。
 相変わらず緊張で味がわからない昼食も、気づくと残り少ない。なんだか時間が経つのがはやいなあと大輔はしみじみ思っていた。
「そういえば、今ネズミーランドが安いんですよね」
 ふと、この間友人が言っていたことを思い出して口に出す。確実ではないが、しかし話題としては十分だろう。
「それで、もしよければ今度ネズミーランドに行きませんか」
 そして、一気に言う。一瞬、自分は何を言っているのだろうと思ったが、言ったことを取り消しにはできない。せっかくだし誘ってしまおうと考える。
「ネズミーランド、ですか」
 オリガが驚いた声で言う。いきなり誘うのは急すぎただろうか。好きでもない男に誘われてもしかしたら不愉快かもしれない。いや、ただの知り合いだと思っていた男から誘われたことに彼女はひいている可能性もある。彼女にとっては自分などただの道端の石ころなんだ。
 どんどん考えが嫌な方向へと行く。時間にしてはほんの数秒だと思うのだが、大輔は自分が起こした行動にただ後悔を感じていた。
「そうですね、少し予定などを確認してみます」
「へ?」
 オリガの返答に、大輔は間抜けな声を出す。それはいったいどういうことなのでしょうと言葉には出さず、心の中で言う。彼女は何を言っているのだろう。
「あの、それはつまり」
「ワタクシでよろしければ、ご一緒します」
 わざわざわかりやすくありがとうございます。大輔は、オリガの言ったことを一つずつ噛み砕いていく。そして、理解していくうちに、顔がほころんでいくのがわかった。
「いいんですか!」
 まさか昨日と今日とでこんないい返事がもらえるとは思わず、大輔は喜びのあまり小躍りしたくなった。
「ええ、ちょっと予定のほうがわかりませんので、わかり次第連絡しますね」
 困ったように笑う彼女が、可愛らしい。抱きしめたくなる衝動を押さえつつ、大輔はありがとうございますとオリガに言った。
 それでは先に失礼します、とオリガはすでに食べ終えて空になった食器を持って立ち上がる。大輔は、よろしくお願いしますと返し、去っていくオリガを見つめる。美しいなあと思いながら、大輔はネズミーランドはどうしようかと考えた。
 この二日でこんなに嬉しいことが起こるとは。もしかしたらこのまま死ぬのではないか。大輔はこれから先の自分のことについて不安と希望を抱く。もうこのまま死んでもいいかもしれないと、大輔は思う。しばらくは、残った食事にも手をつけずにただぼんやりとしていた。

 

   

 


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