これからの時間を大切にしたい

 午前11時。昼食をとるには少し早い時間に、大輔は食堂に来ていた。
「やっぱり朝におにぎり一個はきつかったな……」
 独り言を言いながら、何にしようかとメニューを見る。
 さすがNECTERというべきか、食堂のメニューはどれも美味しそうで、かつ健康に良さそうだ。ついつい量が多めのものに目がいってしまうが、しかし、他のものもなかなかだ。
 迷った末に選んだ昼食をいつもの場所へと運んで行く。食堂の端のほうなので、かなり歩かなくてはならない。しかし、それさえも昼食の楽しみと大輔は思っていた。
 椅子に座ると、大輔は周りを見回す。やはり、昼食の時間より少し早めのためか人はあまり多くない。『彼女』はいないかと探してみるが、当たり前のように見つけることはできなかった。
「お隣よろしいですか」
 しばらく一人で昼食を食べていると、突然声がかかる。声がしたほうを向くと、そこには先程探していた荒神オリガがいた。
「え、いいですよどうぞどうぞ!」
 驚きのあまり、上擦った声になる。なんだか最近かっこ悪いところしか見せてないなあと心の中で泣きそうになりながら、大輔は隣の席のスペースを開けた。
 綺麗に椅子に座るオリガに、大輔は見惚れる。まさか隣に来てくれるとは思わず、何をすべきかと悩む。別にただ食事するだけでもいいとは思うが、やはりここは気を引くべく行動を起こすべきだろう。
 そこから無言で数分。大輔は、もう少しで食べ終わりそうな食事に愕然とした。当初の考え通りなら今は楽しく雑談をしながら食事をしているはず。なのにこれはどういうことなのだ!
 せめて食べ終わる前には何か話しかけたいと思いながら残った一口分のデザートを見る。はたから見たら最後の一口がもったいなくて食べられないというものになりそうだが、あいにく大輔は食べ物でそんな感情を持たない。それより今重要なのは隣についてなのだ。
 ちらりとオリガを見ると、彼女ももう少しで昼食を終えるみたいだった。残さず食べている。
「美味しかったですね」
 最後の一口を食べたオリガが言う。大輔はそうですねとまた上擦った声で答えた。もっと気の利いた答え方ができればよいのだが、緊張していることと人と話すことが苦手なことが重なっていつも通りの返答になってしまった。
「あの!」
 意を決してオリガを呼ぶ。思った以上に大きな声になってしまい、周りの人がこちらを見てきた気がして恥ずかしくなる。しかし、今さら取り消しなどできなかった。
「どうしたのですか」
 柔らかい声が耳に響く。ただずっと聞いていたいと思っていたが、そういうわけにもいかない。
「その」
 今度の日曜日空いていませんか。
「えっと」
 一緒に劇とか見に行きませんか。
「ああっと」
 心の中では言えるのだが、口に出すことができない。これ以上何か言わないと、彼女にも迷惑だろう。
「また一緒にこうやってお昼を食べてもいいですか」
 思っていたのとは違う言葉が出る。そして、自分が何を言ったのかを理解して頬が赤くなったのがわかった。オリガの顔を見ることができず、反対方向へと顔をそむける。デートに誘うのもなかなかの恥ずかしさがあるのだが、今の大輔は答えを聞く恐怖によって何も考えられなかった。
「ワタクシでよろしければ、いつでも」
 聞こえたのは、肯定の言葉。最初は信じられず、勢いよくオリガのほうへと向く。すると、穏やかな顔をしているオリガと目が合った。
「いいんですか!」
「もちろんですよ」
 あまりの嬉しさに思わずガッツポーズをしたくなる。しかし、なんとかこらえてありがとうございますと元気よく言うにとどめた。
「それでは、またお時間があったときに」
 食事を終えたオリガが先に行く。大輔はありがとうございますと再び言うと、正面へ向き直った。頬がゆるむのを止められない。
 今さら、もう遅いかもしれないが、大輔はこの気持ちをこれ以上周囲に悟られないように残った一口分のデザートを口に含んだ。

 

   

 


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