始まりは転落から

 潜水艇へ、エスターは荷物を運び入れる。財団員としての長期の仕事になるため、普段使用している物や何かあったとき用の物、そして使い魔であるルーメンの物などなど。必要だと思ったものを、とりあえず入れていったはずだった。なるべく必要最小限にまとめたいとは思ったのだが、気づくと荷物が増えていったのだ。実家の誰かが、これを持ってけあれは必要だ、やはり行くべきではないのだろうかと色々言ってきた結果でもある。
 自分の部屋になる場所を見る。友人に誘われて入ってみたはいいが、なぜか壁がぶち抜かれている。しかも、男性もいるみたいだ。
 知らずに、ため息が出てしまう。こんなはずではなかったはず、だ。なぜか改造されている大浴場を見て頭が痛くなる。真面目に仕事に行く、はずである。
 一緒に荷物を運んでいたフランツェがどうしたのかと聞いてくる。彼女は、エスターのいるインヴァレリーでも同室の少女だ。エスターよりも背が高いため、フランツェのことは自然と見上げる形になってしまう。
 何でもないと告げると、フランツェは少し心配そうな顔をしてくる。素直に、部屋の状態に呆れてるだけだと答えた。フランツェは笑って、でも楽しそうじゃんと言ってくる。
 賑やかなのは嫌いではない。独りでいることが多く、慣れないことはあるが、素直に楽しいと思う。しかし、これとそれでは違う気がするのだ。
 何を言えばいいのかわからず、とりあえずエスターは先ほどのフランツェの言葉に同意した。
 荷物を一通り整理し、ある程度住める状態にすることができた。フランツェも終わったようで、はしゃいでいる。その様子が、なんとなく可愛く感じた。
 ふと、インヴァレリーに入学した時を思い出す。あの時は、初めて家を出て過ごすことに期待で胸を膨らませていた。しかし、インヴァレリーに入るまではエスターはほとんど他人と関わってこなかった。そのため距離感を掴むことができず、他人とコミュニケーションをとることもままならなかったのだ。自己嫌悪とうまくいかなかった傷心とこれから大丈夫なのかという不安を抱えていた。その時に、同室であったフランツェが手を差し伸べてくれたのだ。
 それだけで、エスターがどれほど救われたか彼女は知らないだろう。いや、知らなくていいことだ。
 考え事をしていると、フランツェが手を差し出してきた。どうやら、手を繋いで一緒に帰ろうということらしい。
 その手を取ろうとして、エスターはふと気づく。あの時に芽生えて、気づかないフリをし続けた感情。その正体を。
 世界が色付いたような気がした。フランツェに会ってから、この世界は変わった。そして今、再び変わろうとしている。
 ああ、これが恋なのだ。それは、仄暗い世界に灯る、光のようなものだった。

 

 







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