「いち、にぃ、さん、しぃ。」



she side .

身体が特におかしかった訳じゃない、だけど微熱がずっと治らない。何かが変だと思って病院に行ったのが94608000秒前。

次の診察で告げられたのは聞いたこともない病名だった。

死ぬ訳じゃない、ただ眠るだけですと。
淡々とお医者さんは言った、なんでもその病は三年経つと眠りが訪れてそこから目醒めなくなると。でもね、眠るだけだっていっても、もう目醒めないのならそれは死んだも同然だと私は思う。それからおなじ病をもった人が集められた施設、そこで暮らすことになった。

そして分かった、華やかすぎる衣食住がその施設には用意されている理由が。


ただ眠るだけ、でももう一生目醒めることはない。だから臓器移植を勧められる、その為に用意された謂わば家畜部屋のようなものだった。


日々は悠々と過ぎていき、こんな風に死んでいくのかと現実を受け入れた時だった。

其処にいる人は皆、三年の命だと分かっていたから関係を持つことを諦めていた。ある人は親に別れを告げて、ある人は恋人と別れを告げて、ある人はそれでもこの施設の中で恋をして。

私達もそれに含まれるのだろう。

私達に永遠も未来もない事なんて分かっていたのに想いを止められなかった。滾る想いが溢れて気がつけば彼の想いを抱きしめていた。


恋なんて不毛だと思っていた。だから二年だけと約束をした。私達には三年の命しかないから、三年目の夏が来る前にお別れをしようと。最後まで彼をすきなまま私は多分死ねない。

きっと寂しくて堪らなくてどうしようもなくなってしまうから、せめて死んでしまう前にお別れをしたかった。死んでさようならなんて世界の思惑どおりなんて気に喰わないから。

そう望んでいたのに慧くんはそれを許してくれなかった、最後まで我儘で俺を好きじゃなくなるなんて許せないとそう言うかのように。


「ねぇ、息止めてるでしょ」
「…え、」
「いつもキスする時、」

だってどこで息したらいいのか分からないから、と言うと彼はおかしそうに微笑った。水中で息を止めるみたいにキスをするからそんな人はじめてだと。


「…馬鹿にしてる?」
「…ううん、可愛いと思ってる」

ああ、もうずるい人。そんな言葉で私が簡単に喜ぶと見抜かれてる。言葉だけじゃない、優しく降ってくるキスの雨も、彼の全てで私を甘やかす。


「…もう一回試してみる?」
「…いいよ、」

心の中で数えた。その数秒がまるで永遠のように感じられた、だってするりと指が私の頬を撫でる、愛おしいものを撫でるように堪能して、それから横髪をさらりと流す、すこし上を見上げると直ぐ近くに彼の顔。

いち、にぃ、さん。

ふにゃりと形が崩れた、いつも整っている彼の唇もすこし緊張して堅く閉じてしまった筈のわたしの唇も簡単にその形を壊した。

甘くて世界が眩んでしまうかのようなキスをした。


「…ほら、やっぱり止めてる」
「…ほんとだ。」

なんでそんな余裕そうなのか、キス一つで一杯一杯な私を君は微笑うけどそれに腹なんか立たないほど彼がすきだ。

と、ここで目が醒めてしまった。慧くんが居た頃の夢。私ももう直ぐそっちへ行けるのに、この瞳を隠したら行けると思ったのにまだなんだね。それにしても幸せな夢だったな、夢なんてしばらく三年程見ていなかったのに。

いつか寝たふりをした私を大袈裟に心配した君が居たよね、あの時はあまりに心地よくてね目醒めたくなかったの。永遠に夢は見れない、そんなこと分かってるのにね。醒めない夢があれば良いのに、そう思いながらもう一度瞳を閉じた。

今度こそ私を連れていって。



he side .

厄介なことになってしまったと最初はおもった。三年後に眠りますと言われても特に後悔も哀しくもなかった。我ながら冷たい人間だとおもう。

だけどそんな時、健気に生きる彼女は僕にはとても眩しく見えて瞬きひとつ終えるまえに恋をした。

僕らに永遠も未来もないことを知りながらもこの想いは滾るばかりで気持ちを殺すのに追いつかない。


はじめて命が惜しいと思った、どうか彼女を置いて先にはいけないと思っていた矢先だった。

施設の先生が話しているのを偶然聞いてしまった、僕らと同じ病の人たちが必ず死ぬ一日前に同じことを言うと。


「…今までで生きてきた中で一番幸せだった時の夢を見たんです、」と

幸せそうに誇らしげに。

ああ、そうか。分かってしまった。先生達の会話で。


この病のことは何にも解明されていなくて分からないことだらけだけど、そういえば三年後に眠りにつくと聞かされてから寝ても夢を一度も見たことがない。

最後に一度幸せな夢を見てから逝けってか。

ああ、なんて残酷なんだろう。



最後に見た夢は、彼女と一緒にいる夢だった。ずっと夢を見ることがなかったから起きたら涙で頬が濡れていた。ああ、どうやら俺は明日終わりらしい。

だから彼女に告げないと。

「…大好きだったよ、」

するとなんでそんな事言うのって言うんだ。きっと彼女も分かっていたんだろう。だからさよならと云おうとした。だけど聞きたくなくてその口を塞いだ。

僕らの恋は一瞬だったけど、どうしようもなく離れがたいけど、この想いごと持っていくよ。


「…すきだよ、ずっと好きだよ。」

彼女をきつく抱きしめた、儚くて消えてしまいそうなこの想いも存在もすべて抱きしめて向こうへもっていけるように。

人は眠る時暗闇を見ていると思っているけど違う、眩しくて目を開けていられないから目を瞑って暗闇を見ていると勘違いしているだけなんだ。

いち、にぃ、さん、しぃ。

僕は静かに息を止めた。
最後に彼女がキスをするときに息を止める癖を想い出して微笑った。

fin .

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