ひとときだけ甘い夢を見させて



いつも通りの日常だった。喫茶店について服を着替える時間も十五分前だったし、いつもくくる髪はいつもりよりどちらかというと綺麗に纏められたつもりだったし、店内に掛けたピアノ曲もいつものローテション順だった。

昨日家でアイロンをかけてきたエプロンも皺一つなく、貰ったときよりすこしだけ緑が色褪せた経費の安いエプロン。


ただいつもと違ったのは今日は店長が微笑ましいことに結婚記念日だということで奥さんと食事するらしく早くに店を閉めることになったこと。だけど午後は混まないので一人でも大丈夫だといい一人で店番をしていたこと。だって彼がいつ来るかわからないから。もしも彼が来ていたときに閉まっていたら会えなくなってしまう。会えるのなら会えるときに会いたかったから。


だけど結局お店を閉める時間になっても彼は来なかった、そして後片付けの看板をしまうところでずっと恋い焦がれてた声が聴こえた。その声に身体に熱が走る。


「ひさしぶり」
「お久しぶりです。」
「お店閉まっちゃったかな?」
「はい、でも特別に一杯だけお出しします」

そういっていつもの席に座る、すると前に貸した本を机の上に置く。栞は一番はじめのページにあったということは全て読み終えたということなんだろう。


「読んだよ、素敵な話だった。」
「気に入ってもらえたなら良かったです。」
「こういうのに憧れるの?」
「揶揄ってますか?」

「正直に教えてよ、俺にだけ」
「…憧れます、さよならなのに想いあってる二人が素敵で」

「俺もあのシーンすきだったな」
「最後のですか?」
「うん…」

「さよならは言わないよ」彼女はそう言って欲しくてさよならは言わないでというのに、彼は彼女を海に還してから泣きながら「さよなら」と呟くのだ。

さよならを言わなきゃ彼女と来世でまた会えないからと。

さよならしたくない彼女とさよならしたい彼で、思ってることは真反対なのに想いあってる心はおんなじですこし変な感じだ。だけどそれも愛と呼べるような作品だったと思うと彼は共感してくれた。


それから一言いう。

「ずっと好きでした…」

私はそれを聴いた時身体の体温が上がった気がした、そして手が震えた。これはその貸した小説で彼がはじめて彼女に告白をしたシーンだ。これをいう前に彼は作品の中で言っている、今から僕がいうことに肯定するなら目の前の飲み物を飲み干してくださいと。そしてその後に行ったのが伊野尾くんが言った言葉と一緒。

つまり今、私は試されている。
肯定なら目の前に彼の為に出した珈琲を飲み干すということだ。


私は震える手でそのコップを手に取り彼を一度だけ見つめてごくりと飲み干す。思ったより熱くて火傷しそうになったけどそんなことは気にならない。二週間前に聴いた彼からの告白の応えは肯定だ。


飲んだ瞬間、すこしの隙も与えず彼は私の手を取り背中に手を回して抱き寄せるようにして唇を奪う。唇の端から息をもらすのも嫌うように隙間なく。


「…んっ、」

貪る獣のようで、角度を変えて何度も口を塞ぐ。そしてやっぱりあの熱を孕んだ瞳で私を見つめる、そしてきっと私も同じ目をしているんだろう。

二人の甘い吐息と微かな鼓動が響き渡る、重なりあう触れ合う唇の音が生々しくてこの場から逃げ出してしまいたくなる。

彼の手がエプロンの紐を解いて服を捲って直接肌に触れると私はさすがに制止の手をかける。


「…待って、ここお店」
「うん、でも我慢できない…」

その姿は私の知らない彼の素顔があった、目の前にいたのは人間の雄を帯びた伊野尾くんだった。

よりによって勝負下着でもない日に勘弁してほしかった、そして彼によって露わになった胸は申し訳ない程度に胸に膨らみをつけただけのもので彼に見られるのが非常に嫌だった。


「…っ、」

いきなりの衝撃だった、熱くて湿った彼の舌が私の胸の膨らみの先を愛でるから。綺麗な汚れを知らなそうな指先で反対の胸を弄られ快感と羞恥心で涙が溢れそうだった、しばらくすると彼の舌が右の耳を蹂躙するかのように襲う。直接脳内に響く音が私の中の自我を保つ容量を超えそうで身体を震わせて抵抗する。


「耳…っは、やめて」

そう言ってもやめてくれなくて舌舐めずりをして私の手を押さえつけて中耳内を侵す。彼の熱い吐息も耳に直接響いて頭がクラクラする。そんなことをしていたらいつの間にか辺りは暗くなっていた電気を消していたので先程までは明かりが入ってきてたけど、外の明かりが夕日から月明かりに変わると暗い闇に変わると目の前の彼が月明かりを背にすこし煌めいているように見えた。

熱を帯びる身体が熱くて頭の先からつま先まで彼に愛されて身体を起こす気力も残っていなかった、

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