「始まりの朝に融けゆくふたりのこと」
どうしてあの日、そこを通りかかったのか分からない。なんとなく誘われるように足が向いて気がつけば君に出逢っていた。
春の日差しに溶け込むような髪が反射してすこし眩しかった、隣には白い猫がいた。仲よさそうにふたりしてベンチに寝転んでいる。昼寝中かなと無防備に思い心配しながら、俺はなぜか顔がほころんで音を立てないように前を通りかかる筈だった。
ベンチの下に飲んでいたのかペットボトルが落ちていなければ。それに気づいてせめて拾ってあげようと近づいてから気がついた、彼女の息が荒いことに。これは寝ているんじゃなくて。
「嘘でしょ、」
だから思わず声を出してしまった。周りに人はいない。幸い不審がられることがなかったが今は人がいないことが不幸にも思えた。この場には自分しか居ないのだ。
「…大丈夫ですか?」
うろうろと慌てて、とりあえずそういうと彼女は薄っすらとだけ瞳を見せて何か喋りたいのだろうが何にも言えなくて軽く息を吐くだけで終わってしまった。うん、どうやら大丈夫じゃないな。
「熱中症、かな?」
頭を整理しようにも追いつかなくてとりあえず俺は救急車を呼ぶことにした。はじめ呼んだことがないから時報に掛けてしまいタイムロスしたことが情けなかった。
とりあえず木陰にと抱きかかえた彼女は軽かった、女の子ってこんなにも華奢なのかと感動しながら先ほど拾い上げたペットボトルを開いていた彼女のものであろう鞄に入れてあげる。だけどその中身は熱湯なんじゃないかというくらい陽に当たり沸騰しかけていた。それがどれほどこの場に彼女が居たのか物語っていた。
何か冷たいものをと思ってそこの自販機で買ってきた缶ジュースをおでこに当ててみる。こんなものでごめんなさいと心で謝りながら救急車がくるのを待った。いざ来たら読んだ本人のくせになぜか緊張したのはそういう事態に陥ったことがなかったからだろう。
救急車がきて、彼女の名前を聞かれたがそれすらも分からない俺はただ見つけた時の状況だけを伝えて去っていく救急車を見送った。
しばらく呆然としていた俺だったけどなぜか脳裏に残っていたのは彼女の閉じられた長い睫毛、そして落ち着かないのは滅多に遭遇しないことに驚いたのか治まらない動悸に困惑するだけだった。
「大丈夫…かなあ、」
一度めの出逢いは困惑の連続で正直よく覚えていない。
二度目の出逢いははじめて遭遇したこの場所で誰かを待っている彼女を見つけた時。
そっとこっちを振り向いて優しく微笑んだ彼女の後ろから日差しも同じように笑いかけたようだった。
「あの…この前はありがとうございました。」
そして俺を待っていたことに驚く、あんな意識のない状態だったから覚えてないと思っていたのに。そして渡された袋を受け取らない俺を見かねて彼女は息を飲んだ。
「え?」
「え、あれ、違いましたか?」
すみません、あの時のことよく覚えてなくてと謝る彼女に俺も慌てて詫びる。
「あ、違います。俺なんですけど」
そう言うと、良かったと優しく笑いかけてくれる。響く声がこんな声なんだとあの時は聞けなかった声だと思うと変な感じでそわそわしてしまう。
「俺を待ってたんですか?」
「はい。」
「また倒れますよ?」
すこし意地悪を言ってみると彼女はすこし頬を膨らませて、あの時はたまたまですと言い切る。そのすこし怒った顔さえなんだか心惹かれるものがあったのはどうしてだろうか。
どうしてこんなにも彼女を求めているのか自分でも分からなかった。
ただ思えばこの時、俺はきっと彼女に。
春、恋に落ちていたんだろう。
fin .