すこしの花束と嘘を抱えて歩いた
あの日、どうしてあんな事になったのかそれはきっと私の今まで堪えていたものが溢れてしまったから。
あの日は玉森くんの昇進祝いだった。部署の人達で軽く春の新歓迎と合わせてなかなか豪勢だった、いつものように社内でも公認の玉森くんとその彼女、梨花ちゃん。
二人とも仕事ができて人柄もいい、まさに容姿端麗な二人が付き合うのに誰も何も我慢なんてなくて当然であたりまえのことだった。
あの日も彼の隣にはあたりまえに彼女がいて、その隣にいれるその場所が羨ましかった。
玉森くんのことは私が入社してからずっと好きだった。同じ同期だと知って嬉しかったけど、当然わたしと同期で入った同僚達も彼にすぐ目をつけてやれ社員旅行があれば彼の同じ班に、外回りがあれば同じチーム編成に入ろうと必死だった。わたしは彼に近づくのが怖くて行動できなかった、それが今の有り様だ。
玉森くんが彼女がずっといないのを知ってて安心していた、せめてわたしを好きになることはなくても誰かを好きでもないという安心に浸っていたのだ。だけど私が入社してから三年後、梨花ちゃんが入社してきた。
もちろん彼女も周りの男性が放っておく訳なかったし、それに困ってた彼女をさらりと助けていたのも玉森くんだった。その頃から気があったのかは知らないけど、周りからお互いお似合いだと言われて気がつけば公認の恋人になっていた。それが当然といえばとうぜんの形だったのかもしれない。
それでも羨ましかった、彼の隣にいれるあの子が。ふわふわしてて汚れを知らなさそうな大人しい可愛い子。
私は大人しいんじゃなくて何にも行動しなかっただけ。
でもね、私はずっと見てた。
見てるだけだったけど、ずっと見てた。ずっと好きだった。
だから羨ましくて羨ましくて、だけど諦めてたのに。
気がついたらあの日嘘をついていた。
玉森くんと梨花ちゃんが同じタクシーに乗って帰ろうとする時。
「あれ…携帯忘れてきちゃった、」
私がそう一言。ほんとは鞄の中に入っているのにね。最後に乗ろうとしてた優しい君はきっと私じゃなくてもきっと放っておけない性格の人だと知っているから嘘をついたの。
そしたら案の定、周りの人は先帰ってるから二人は次のタクシーでってことになった。私はお店に戻って携帯を取るふりをして、待っていてくれた彼と二人で帰ることになった。
玉森くんの家の近くだからと二つ目の嘘をついて彼の家の前で二人して降りたら、今度は三つ目の嘘、お手洗いだけ貸してほしいというと玉森くんはあっさり了承してくれた。
自分には彼女がいて、彼女がいることも会社の人のほとんど私も含めて知ってるから平気だとそう思っていたのかもしれないけど、玉森くんのそういう優しくて隙のあるところが駄目なんだよ。
玄関の扉を開けて中に入れてくれた時、彼は振り返った。
「そういえばずっと持ってるけどその花束、なに?」
「あ、これ昇進祝いに部長が玉森くんにって。なかなか渡すタイミングなくて私がずっと持ってたの、ごめんね」
男から花束、すこし気持ち悪いなあなんて、あどけない笑顔を見せて彼は受け取る。私はここで四つ目の嘘を。
そして五つ目の嘘、すごくいい匂いがするから嗅いでみてなんて嘘をつく。花の匂いと紛らわせて近くで嗅ぐと意識がなくなるとまではいかないけど、一瞬めまいや頭痛がする匂いのものがある、それをブーケの中心に忍び込ませていた。
くらっと膝をついて咳き込む彼をネクタイを解いて、抵抗ができない間にドアノブに手をくくりつけた。ただの思いつきだったのにこんなにも上手くいくなんて世の中、犯罪や事件が減らない理由がわかった気がした。
「…な、なに?」
「…ごめんね、」
「は、なにが…?」
何やってんの、と戸惑いの目で見上げてくる彼が私が支配しているみたいで愛おしい。そこから彼の唇を奪う、彼は驚いて顔を顰める。
「…何してっ、」
「今から玉森くんとやらしい事するの」
「…な、んで」
「…すきだから、」
「…」
「…すきだから、玉森くんのぜんぶ私に頂戴?」
駄目だって言っても貰うけど。そういって彼の大切なものを奪った。唇も、きっとあの子にだけあげていたえっちなことも。
ぜんぶ私の物にしたかった。
あれから家に帰ってからはよく覚えていない、夢のような幻のような気がして思わず泣いてしまった私を殴りつけてしまいたかった。本当に泣きたかったのは彼の方なのに。彼も泣いていたけど最後に泣いていたのは私だけ。
だから嘘と涙と交えて、すこしだけ私の本音もあの時混ぜてたの。
あの日いくつも、すらすらと嘘をつける自分が怖かった。いくらでも卑怯な人間になれる自分が嫌いになった。だけど…
「すき…なの。」
「…っ、」
「玉森くんのこと好きだから、無理やりしたこと後悔してない。たとえ嫌われても後悔しないから」
嘘だらけだったあの日に唯一ついた本当、あの言葉だけは本当だったの。君がすきだってこと。
でもねあの日に取り戻せないくらいの嘘をついたから、あれを嘘だと彼に思われてもいいの。もう彼にすきになってもらえることはないから。
それでも、どうしようもないくらい君がすきなんです。
やっぱりごめんね。
fin .