小説3 | ナノ
春の鼓動
「桜の花びらを掴める確立って知ってる?」
はじめてデートをしたその時、彼女は無邪気に言った。降ってくる花弁を視界に映りながら俺はその時なんて答えたかな。
はじめて彼女とデートをしたときごめんね、俺は前日も特にさほど楽しみじゃなったし君のこともちっとも好きじゃなかったよ。きっと彼女にとっては前日から何を着ていこうか悩んで目の下にクマをつくるくらい楽しみだったのに。
「0.01%セントなんだって」
それってつかめないってことと同意だよね、と悲しそうに咲った。それに俺は違うよって返した。まるでドラマにあるかのような台詞を君に向けて。
「たったそれだけでも確立はあるってことでしょ」
ないのとは違うよって君に応えた。君がどうしてはじめてのデートのときそんな問いをしたのか僕は後で知って非道く後悔した。
僕はあの頃ちっとも君を好きじゃなかったから君はあんな問いをしたんだね。
ほぼ掴めないよねと。僕が君の事を好きになる確率と同じで変わらないくらい、俺が名前のことを好きになることはないって君は言いたかったんだね。
体から湯気が出ていた、ほかほかとまるでおいしそうな表現が似合いそうな湯であがった俺は彼女の後姿をみてすぐに駆けつく。狭い部屋なのにすこし足早に。一方そんな彼女は鼻唄を歌っている。
「なに作ってんの?」
俺が肩に頭をのせて問うと彼女の体が一瞬おおきく跳ねた。そしてふと思い出す、俺の低くて優しくて甘い声が好きだと彼女が言ってたこと。そしてそんなことを逐一覚えてる俺も俺だ。
「びっくりした…」
「ねぇ、なに?」
「今日は豚のしょうが焼きとなめこ汁とサラダだよ」
「俺それすき…」
「知ってる、だから作ったんだよ」
そういってどさくさにまぎれて腰に手を回す、俺は多少むっちりしてるほうが好きだけど細身の華奢な彼女もすきだ。だけど違和感を感じた。
「名前、痩せた?」
「んー絶賛ダイエット中です」
「そうなんだ、別に痩せなくてもいいのに」
ちょうどいいくらいじゃんと俺はさらに彼女のうなじに顔をうずめて言った。彼女も先ほどお風呂から上がったので甘い花のような匂いがする、なんて曖昧あまい発言だが。
「女の子は気になるもんなんです」
そうやってちょっと不貞くされた顔も可愛い。
「じゃぁ俺、ちいさな変化にも気づけるいわゆるモテ男ですねぇ」
「自分でいったら株下がるよ?」
「はは、そうだね。」
この時、彼女があまりにも自然で焦った様子もないので俺は何も気づかなかった。彼女がついた一つ目の嘘に。だから耳元で彼女が好きだといったこの声でただ彼女を甘やかしていた。ほんとうに甘やかされていたのは俺だというのに。
fin .