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トロイメライ



いつも同じバスに乗っている男の子、すごく綺麗な顔立ちで行きと帰りはバスの時間が同じだからいつも一緒だけどもちろん話したことなんてない。時々バス停の前でバレンタインの日には女の子に囲まれてたり、友達の男の子に囲まれたり異性とわず人気なんだなと思うと住んでる世界が違うように思う。

だって行ってるのは有名な芸能人になる人がいく堀越学園だもんなあ。


だけど私は知ってる、彼が素敵な男の子だって。確かにどこが好きなのと聞かれたら最初は顔からだったけどお年寄りに席を譲ったり、当のわたしも文化祭の荷物でいっぱいだった時その荷物を置くために席を譲ってくれた。好きになった理由がそれって浅いかもしれないけど、理由はそんなに単純なものでいい。それからその時に交わした唯一の言葉。

「…大丈夫?」

それが耳に響いて離れない。


今日は土曜日で私は委員会の用事で遅くなっていつもとは違う時間のバスだったのに彼はバス停の前にいた。これは偶然じゃなくて運命を感じるなあなんて勝手に思ってしまったり。夜7時を回ってて春といえどそれなりに暗い。

そのせいかバスが来たけどそこには人はあんまり居なくて空いていた、一番後ろの広く長い席に座ると彼も隣に座った。はじめてのことで驚きとドキドキが止まらない。


名前は友達から呼ばれてかろうじて知ってる、山田涼介くん。彼は台本なのかな、何か開いてそれを読んでいるのか眺めていて耳にはイヤホンをしてた。いつもはあんまり見ない姿、なんだか余計に胸が高鳴ってしまう。


なんの曲…聴いてるのかなあ。

そんなことが気になる、私は特にすることもなくてでも彼をじっと見てて変に思われても嫌だし、何かしようと思ったけどそれすら挙動不振で自然ってどうやるんだっけ、とか思いながら携帯をいじった。

だけど開いても何もすることなくて外を眺める、いつもの帰り道なのに明るさだけで世界が違うように見える。不思議だなあなんて思いながらまた横を見た。

こんな人と付き合えたら、いや好きになってもらうってどんなのなんだろう。あまりに突飛すぎて想像さえつかない、意外と普通の男の子なのかな。

意外と甘いものが好きで一つのパフェを頼んでそれを二人で分けてみたり、意外と恋愛ものの映画がすきで二人で見て照れて直視できなかったり、それとも某ヤンキー映画みたいなものを見て目をキラキラさせて喜ぶ少年みたいな人なのかな。そう考えるとわたしは全然山田くんという人を知らない。それでも好きになることに理由なんてないんだ、気づいたら好きになっちゃってたんだから。



その日、どうしてそんな勇気があったのかは分からない。だけど彼はイヤホンしてて音楽を聴いてるし、言ってみるだけ。そんな軽い気持ちでほんとに小さな声で呟いた。


「…すき。」

なんてね。どうせ聞こえてないしいいよね、そんな事を思った。でも言ってからやっぱり恥ずかしくなってそのままなんでもなかったように手を動かす。そろそろ爪切らなくちゃなんて。

すると彼が突然片方のイヤホンを取った、それから鼻をかいてすこし照れた顔でこっちを向いた。わたしこの人の瞳に映ってる。


「…聞こえて、ますよ?」
「…え、嘘っ」

わたしは恥ずかしくなって丁度止まったバスに降りるところじゃないのに関わらず降りてしまった。だってあれ以上隣になんていられない。なんてことしてしまったんだろうと恥ずかしさでいっぱいだった。バスが通り過ぎてどうしよう…と呟いたら後ろから聞こえた声。


「…あの、」

どうやら彼も一緒に降りてたらしい。わたしはよく理解できてなかった。え、ここ山田くんの降りるところじゃないよね、な、なんでいるの?


「…あぅ、あのっ」

とりあえず謝らなくてはと思った、何にかは分からない。全てにおいて謝らなくちゃって。でも彼はそんなことお構いなしに後ずさる私の手を掴む。


「…待ってっ、」
「…っ、」
「…さっきの本当?」

その綺麗な瞳で見つめられて溶けてしまいそうだった、正気を保ってなんかいられない。


「…あ、あれは」
「…?」

首をかしげる姿も可愛くてだけど肯定はできなかった、だって私なんかが恐れ多い。


「その…っ、」
「…俺はすきだよ、」

「ふ…ぇ、?」
「…名前ちゃんのこと、」
「なんで…名前、」

「…俺あんまり名前ちゃんのこと知らないし、名前くらいしかわかんなくて何がすきなんだって聞かれたらわかんないけど、」

すきなんだ、そう言ってくれた。理由はないんじゃなくてきっとあるけど伝えられない、わたしと一緒。それがなんだかすこしだけ同じ世界にいると感じられて涙が滲んだ、でもどうか零れはしないで。


「…ほ、ほんとに?」
「すきじゃなきゃ…わざわざ他校の子の名前覚えたりしないよ、」

向こうも同じようにきっと私が友達といるときに聞いてたんだろう、耳を傾けて。それだけで嬉しい。手で口を押さえてたけどそれを手で掴まれた、逃げないように右手も掴まれてるのに左手も掴まれちゃ頭は大混乱。

さらに柔らかい感触がくちびるに触れてほんのりと温かくて驚きで涙が止まった。


「…え、えっ」
「…涙、止まった?」

目の前で優しく微笑まれてわたしはその綺麗な瞳に吸い込まれそうだった、距離はあいかわらずまだくちびるが触れてしまいそうな距離ですこしだけ後ずさると手を引っ張られて抱きしめられる。やっぱり何が起こっているのかわからない。


「…な、なに?」
「もしかしてはじめてだった…?」
「…は、はい」
「…可愛い。」

信じられない人に信じられない言葉を言われてわたしはちゃんと私でいられているんでしょうか、よく分からないことだらけで脳内は大慌て。


「…ずっと好きで、見てたんだよ」

それから帰ろうかと促されて、歩き出す。ここから私の家はそこまで遠くない、あと少し。だから繋がれてる手が本当なのか疑ったままだったけど、ようやくまとまな会話が出来た時、今日あそこにいたのは私が来るまで待ってたようで軟弱かなって笑う彼にそんなことないって言うので精一杯だった。家の前についてもう一度だけ確かめる、だって夢のような気がしてるから。明日の朝になったらこの魔法が溶けていそうで。


「…あの、すきって本当にほんと?」

そう尋ねたら真正面に向き合ってたそんなに変わらないくらいの身長のせいか違和感なくくちびるが重なりあう。それだけじゃなく息ができないような長くて熱いキス、思わずかばんを落としてしまいそうだった。それから彼は静かに吐息交じりに言った。



「…これぐらいしたら信じてくれる?」

それから、また明日ねと言って手を振ってくれた。私は身体が火照ったままでそこからしばらく動けなかった、足は動く、手もちゃんと動く、感触も本物だった。これは夢じゃない。

今日は緊張感と動揺で何も言えなかった、だから明日の朝は今日の夜一日中、心の準備して言うんだ。

わたしも好きだよってもう一度。


トロイメライ
( 夢でも幻でもない、)
( ほんとうが目の前にある )

fin .





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