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冷えた身体は温もりを求めて


あの夏祭りの日、花火の熱に負けないくらい俺たちが繋いでいた手は熱かった。これ以上ないくらい幸せだった、母親がいない寂しさを彼女で紛らわせてるとそんな部分もあったけど、そんな感情よりも直向きに彼女がすきで堪らなかった。

自分が幸せになんてなれないこと、分かりきっていたのに。贖罪しなければいけない罪が計り知れないほど大きい事、纏わりつく負債が計り知れないほど多いこと。

すきだなんて言える資格なんてないくせに止まらなかった。だからこの手を離さなければと思った。それでようやくあの日手放せた。

花火大会の日の翌日、警察に事情を話すとやはり自殺未遂の歴や、精神疾患の関係で事故と見なされた。俺には罪すら償わせて貰えないらしい。


「…亡くなられた方の好きな色とかはわかりますか?」

そう聞かれてふと思い出した、母親が白は幸せの色なんだと言っていたこと。結婚する時に着たウエディングドレスがとても素敵だったこと、白は幸せを運んでくれる色なんだと言っていた。離婚したくせによく言うよって思ってたけど。

棺桶に敷き詰めた白に包まれた母さんはすごく綺麗だった。母さんが言っていた意味がすこし分かった気がしたよ、幸せではないけれどすこし哀しい感情が消えた気がしたから。お店の人も微笑ってたよ、白はほんとに幸せの色なのかも知れないね。


それからお店で働く事にした、最初はただの興味本位で。どんな人なんだろうと知りたかった。見ず知らずの俺に関わってきた人。

でもその人は俺の持っていないものを持っていた。

いつも感じていた、俺がこんなにも頑張ってるのにと思ってたけど彼女も誰にも甘えることが出来ずにそれを口にもしなかった。傲慢だった、誰かに慰められたいなど。彼女は強い人だった。

そんな彼女が見せた弱み。それが嬉しくて思わず抱きしめてしまった。

境遇が似ていると思った。それでも屈指ない彼女が儚くて脆いのに凛と咲く花のようで俺はその光に吸い込まれるように彼女の側にいたかった。


他のバイトを雇うって言った時、すこし焦りがあった。だから我儘をいって縛ろうとした。だけど思い立った、何を自分はずっとここに居られると思い込んでいたんだろう、ちゃんと決めていたのに。

母さんの葬式が終わって全てがひと段落したらちゃんと全て警察に話そうと決めていたのに。ずるずると延長してしまっていた、彼女の優しさに甘えて。

今ならまだこの幸せを手放せる。
まだ束の間の夢だったと言い聞かせられるから。

冗談だと吐き捨てて彼女を離した、解放してあげないと。俺の欲の為に彼女を巻き込んではいけない。


夏祭りの日、勝手にキスしたこと怒ってるかな。
勝手にさよならしたこと怒ってるかな。
好きでいると約束したのに哀しむかな。
また傷つけているのかな。

俺はひどい男だね。だけど想いが止まらなくて彼女に伝えざるを得なかった。


ごみを捨ててくるといってその場を離れた、最後に惜しくて触れた手は汗ばんで何かを予感したかのように冷えていた、くちびるが震えていて愛おしかった。

彼女に最後の連絡を入れると終わったと思っていた花火が打ち上がる。散々な轟音で。眩しいくらいのその閃光は僕らを照らした。

さっきまで隣にいたのに今ではこんなに遠い。
弛緩した指先で力なく最後の言葉を送る、直接言えないのも俺は臆病で情けない。


――花火、最後じゃなかったね。一緒に見れてよかったね。すきだよ、さよなら。

伝えるべきじゃなかった、その言葉は一番残酷だった。ずっと一緒になんて居られないと自分で決めていたのに、知っていたのに伝えてしまった。

君から離れるとわかってたのに残酷な言葉だけを残して去った、彼女には何も残さないでいようと思ったのに。

それでも隣にいたかった、
信じても良いだろうか、伝えて良かったと。
微かに震えていたふれた唇、あの微笑みに曇りはなかったと。


「…逢いたい。」

あの日を想い出して、逢いたくて堪らないんだ。膝を抱えて暗い夜の中一人きりの部屋で彼女を想った。

ここは寂しくて静かすぎるから、外はまだひどい雨なのに相反してるね。

冷えた身体は温もりを求めて君を探してるんだ。

fin .





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