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ひとときだけ甘い夢に溺れさせて


伊野尾くんと付き合うということにったのか、そんなことは言葉で話していないからよく分からないがあの日から一線を超えてすこし近づいた距離は私をすこしずつ穏やかなものに変えていった。

今日も彼はいつもの端で珈琲を一杯頼んで今迄と何も変わらない筈なのに一つだけ変わったことがある。それはいつも本を見ていたのにあの日からずっとそれをまるで一切見ない。見つめるのは私の事ばかり。どうして。その熱い瞳で見つめられると正気でいられなくなって溶けてしまいそうになる。


「…お、おかわりされますか?」

机まで行ってそう聞くと、彼はそっと私の手に重なる。


「…ねぇ、ちゃんと集中しないと」
「…っ、」

他にもお客さんいるんだからさあ、と軽口で言う。私は緊張とその瞳の熱に魘されて声が震える。君は知らない、私が思ってるより君が好きなこと。

「…ここでしたの、思い出しちゃった?」

手を擬えて指の隙間を埋め尽くすように手を繋ぐ、ここでしたことを思い出して集中出来ないのを見抜かれていて熱を帯びた顔で睨むと彼はくすりと微笑った。その顔はずるい、それですべて私は許してしまえるから。

私はその場から離れて店長に休憩をもらった、すると更衣室の扉が開く、それはお手洗いの向かい側にあるのでお手洗いなら行くと見せかけたら誰でも更衣室には入られる。入ってきたのは勿論彼で後ろから抱きしめられる。

駄目、今わたし…


ごそごそとエプロンの内にある服の中に躊躇なく手を入れてくる軽く抵抗すると本当に嫌なのかと問われて応えられない。嫌なわけ無い、望んでいる私がいる。

其処に触れると湿っていて後ろから耳元で吐息交じりに呟かれる。


「…凄いね、ここ。」
「…やっ、」
「…してほしそうな顔してる。」

更衣室ある鏡の中の私は熱情をもはや秘めれてなんかなくて欲情を孕んだ顔で彼を求めていた。震える手で彼の手を掴むと触れてほしいところに導く。

触れられた瞬間、身体を震わせて力が抜けて彼に身体を預ける。伊野尾くんのどこにそんな力があったのか支えられてようやく立っていられた時、店長の声が聞こえた。

聞こえてしまうかもと必死で口を手で抑えるけど漏れてしまいそうで涙が溢れる、悲しくも無い涙。その間も彼の手は止まらなくて足ががくがくと嗤う。

身体に熱が走ったとき、声が出てしまいそうで一瞬息を飲み込むとそれを塞ぐかのようにキスされて何とか店長には声は聞かれなかった。


「…その声、俺以外に聞かせちゃ駄目でしょ」

そんな矛盾を唱える。そうしているのは自分のくせに。だけど私は彼がどんな人でも愛せてしまう、それは君だからだ。


「…すき。」

溢れるように想いがこぼれると彼のマシュマロのように柔らかい唇にキスしていた。ふにゃりとぶつかって形が崩れる。

そう言うと彼は静かに微笑った。


「…知ってる。」

彼に溺れていくのが深みに嵌っていくのが怖い反面それで良かった、これが永遠じゃ無いことくらい分かっていたから。きっとこれは甘い罠、それでも今だけは飛びっきり甘い夢を見たいからカップに沈殿した砂糖の甘ったるい珈琲を飲み干すように顔を歪めてキスをした。


fin .





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