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キスとまぼろし
「試写会?」
嬉しそうに見せてきたのは某人気俳優の映画の試写会のチケットだった。
「よく当たったよねえ」
なんて言ってるけどそんなん応募してたことすら俺知らないし。
「誰と行くの?」
「…」
そこで言葉につまる、それを見て理解した。嘘が下手くそなんだからって呆れるけどそこも名前の可愛いところだったりする。
「…言わなきゃだめ?」
「言ったら怒るような奴といくの?」
俺の声はちょっと苛立ちが含まれていたかもしれない、まあ言わなくても大体は予想できるけど。
「…山田くん、」
予想してた名前があがって溜息をつく。だろうなって思ったよ。それは断固として許してやれない、だって名前、前から山田くんかっこいいって散々テレビ見ながら言ってたし。
「俺もいく、」
「…それがね、つい大ちゃんより先に言っちゃって行きたいって言うから」
断るのが申し訳なくて、よかったら一緒に行く?とでも誘ったんだろ。それからチケットも二組までとか聞かなくてもわかるわ。俺は興味のないテレビを見てるふりして返事してたけど目の前に彼女が手を合わせて懇願するから見えなくなった。
「今回だけ、」
「…」
「別に映画見るだけだし、」
そういうけどね、男っていうのはその時に何をしでかすかわからないんだよ。山田だってもし名前と一緒にいて楽しいってなったらまた誘うかもしれない、そしたら断りきれなくてきっと名前は承諾してしまうだろう。
「だめ、絶対だめ。」
「…なんで、」
「俺がだめって言ってるからだめ、」
「そんなの勝手じゃん、」
「勝手だよ、だって俺彼氏だもん」
目の前でむすくれる名前。可愛いけどこれは許してあげられない、こうなれば強行突破するしかないか。穏便に済ませてあげようと思ったのに。
「あのね、名前は今悪い夢を見てます」
「…はい?」
「俺が覚ましてあげるから…」
目の前で懇願してた彼女の唇を奪う、触れたらふにふにとして柔らかくて根本を忘れてこのまま彼女ごと食らいついてしまいそうだった。
「…んぅ、」
「…だからあいつと一緒に行っちゃだめ」
三人で会うのはいいとして、二人とか駄目だろ絶対。掴んだ腕を離さずそのまま胸の中に抱きしめる、彼女は膝立ちの状態で俺の中に埋まってる。上を見上げると桃色に染まった頬。
「…大ちゃ、」
それが可愛くてまた口を塞ぐ、両頬を手で添えて上を向かせてちょっと舌を奥まで入れてみた。すると身体を震わせて俺の腕を掴む、だけどその力は弱々しい。
「…目、覚めた?」
俺がそう言うと、ばか…とぽそりと呟いて今度は自分から抱きついてきた。俺はそれを当然のように受け止める。これで名前と山田との映画はなかったことになった、折らせるのに苦労したけど。だけどキスできたし思わぬ収穫があって満足だった。
キスとまぼろし
( それは悪い夢です、)
( 僕のキスで目を覚まして )
fin .