※今更19話のお話


行く先々で綺羅星の妨害を受けつつも、どうにか無事にワコの誕生日を祝うという目的を達成したタクトとスガタは、彼女を家まで送り届け揃ってシンドウの家への帰途へ着いた。夕食まではまだ時間があるので先にお風呂でもと言うメイドの言葉に肯いて、着替えを用意する為一度部屋へと戻ることになり、広々とした絨毯張りの廊下の途中、それぞれに別れる段になってタクトはスガタに袖を引かれ立ち止まった。あまりにも急だったので驚いて振り返れば、随分と神妙な顔をしたスガタと目が合う。
「スガタ?」
「ちょっとこっち来い」
言うなりすぐ脇の扉を開けていささか強引に引っ張り込まれて、タクトは紅い瞳を瞬かせた。入った部屋は客間として使われているもののひとつで、普段は空き室であり今も照明を落とされ真っ暗だった。唯一薄いカーテン越しに月明かりが覗くくらいの心許無い視界に、きょろきょろするタクトの手を引いてスガタは窓際に置かれたベッドまで来るとタクトをそこへ座らせた。普段使われていないとはいえベッドメイクは完璧だ、さすがシンドウ家のメイドさん――と、タクトは思わずどうでもいいことを考えてしまうが、今はスガタだ。彼の様子がおかしい。
「どしたの、スガタ?」
無言で見下ろしてくるスガタに訝しんで問い掛ける。わざわざ人気の無いところまで来ておいて、なんでもないということもないだろう。無意味にそんな行動を起こす人間じゃないと知っているからこそ話し出さないスガタに徐々に不安が募る。
そうして再度タクトが言葉を重ねようとするとスガタの腕が伸ばされ、タクトの首筋にその細い指先が触れて、途端に走る鋭い痛みに身体を強張らせた。
「っいったい……!」、
「それは痛いだろうさ。ナイフで切ったんだからな」
渋い顔でまったく、と零すスガタに反射的にごめんと返してタクトは肩を落とした。傷を押さえ、目に見えて項垂れるタクトにスガタは小さく嘆息すると、その瞳を覗き込むようにして身を屈め、幾分表情を和らげた。
「なんでお前が謝るんだ」
別に自分で付けた傷ではないことはスガタも、当のタクトも分かっている。なのに叱られた犬のようにしょんぼりと肩を落とすタクトにスガタは苦笑した。
それとは対照的にタクトは穏やかに光る金色の瞳を見上げると小さく息を吐く。
「だって僕がこんな怪我するようなヘマしたから怒ってるんでしょ」
先程までのどこか不機嫌そうなスガタの様子にぽつりと零す。
まさか第一フェーズで身体を乗っ取られるなんて予測出来るわけでもなく、そもそも事前に防げるのかも分からないが、常に敵に狙われているということを穏やかすぎる日常に失念していたのも否定できなかった。ワコに怖い思いをさせた挙句、あの優しい少女にナイフで人を傷付けさせるなんて事をさせてしまったのだと思えば、タクトの気持ちは沈んだ。
自分がしっかりしなければ、ワコも、そしてスガタも守れない。それを改めて痛感した気がして瞳を伏せれば、不意にスガタがタクトの肩に額を押し付けて溜息を吐いた。温度を持った重みが身体を伝う。
「スガタ?」
癖の無いさらさらの髪が首筋をくすぐる感触にそちらに視線を流してみても、タクトからはその表情は窺えない。暗闇に慣れてきた目が捉えるのは、自然のライトに冴え冴えと浮かび上がる青色だけ。
続く沈黙に耐え兼ねて再び声を掛けようと口を開きかけた時、首筋に生温かいものが辿ってタクトは驚きに小さく声を上げた。妙に上擦った声が室内に響く。
「…っス、スガタさん……?!」
「ん?」
「なにしてるんです……っ?」
「消毒」
短い返事の後に再び、ぺろ、と傷をなぞる動きを見せる。それがスガタの舌だと混乱に上手く回らない頭でどうにか理解して、タクトは慌ててその身体を離しにかかった。
腕を伸ばしてスガタを押し戻そうとすれば逆に腕を捕られて完全に動きを封じられる。その間も傷口を舐め上げる動作は止むことはなく、硬直して声も出ないままタクトは目を白黒させて時の流れに身を任せた。柔らかい舌が殊更ゆっくりと辿る度にナイフで切られた箇所が熱を持ったように疼く。それからスガタの動きに合わせて首筋だけでなく大きく開いたTシャツの襟元から覗く鎖骨へと、彼の青い髪が羽のように掠めてくすぐったい。
「……タクト」
口唇を赤みを帯びた傷口に押し当てたまま、溜息混じりにスガタがタクトの名を呼ぶのをどこか遠く聞きながら目だけを動かすが、相変わらず視界には青色しか見えなかった。
「僕が怒っているんだとしたら、それはお前が何でも背負い込もうとするからだよ」
「スガタ?」
「あと、何も出来ない自分に腹が立ってる」
どこか不貞腐れたように響く声音にタクトは目を丸くし――途端湧き上がる可笑しさに堪らず笑った。
腕の中で笑い出したタクトにスガタは訝しげな表情を浮かべ、埋めていた彼の首筋から顔を離しその紅い瞳を覗き込むように真っ直ぐ見据えた。笑いに涙すら滲むのを手の甲で擦り、タクトもスガタに目を合わせる。こんなに近距離で互いの目を見たのは初めてだと思うとなんとも表現し難い気持ちになって、逸らしてしまいたくなるのを抑えて淡い琥珀を追う。
「それ、そのまんまスガタにお返しするよ」
何でも一人で背負い込もうとするのはスガタだって同じだ。いや、タクトよりもその傾向が強いのかもしれない。
余所者でしがらみの少ないタクトとは違い、有力者としての家柄やザメクのスタードライバーとして大きな力を持つ分、彼は常に緊張に晒されている。それはいつかの喧嘩の際にスガタも言っていたし、傍にいることでタクトにも感じる部分はあった。
彼の持っているものは、あまりにも重過ぎる。だからと言ってタクトにはまだ、それを楽にしてやれることは出来なくて。タクトもまたスガタと同じ無力さを味わっているのだ。
でも、とタクトは思う。
「――でも、僕はスガタがいてくれて、すごく助かってる」
照れくさそうにはにかむタクトに今度はスガタが目を見開く。
今日一日で色んな表情を見せるスガタにタクトは胸の奥がふわと温かくなるようだった。
笑ったり怒ったり驚いたり、もっと年相応の部分を見せてくれればいいのに。
「僕が戦えるのは、後ろにスガタがいてくれるからだよ」
スガタがアプリボワゼするまでは、あのモノクロ世界で味方と言えたのはワコだけだった。そして巫女である彼女は守るべき対象で、タクトが戦っている間は近くにいることも出来ず、周囲を敵に囲まれた中で万が一に対処することが難しい。タクトを倒すことに躍起になっている彼らだが、真の目的は巫女の封印だ。いつ隙を突いて彼女を狙うとも分からないと内心気が気でなかった。
それがスガタが加わったことでタクトの心労は随分と軽減されていた。
彼ならワコを守ってくれるだろう安心感と、信頼を込めて向けられる視線が心地好い。時折我が身を気にせず力を行使しようとするのは難点だったが、それによって助けられた事も多く、感謝してもし足りない。
だから、何も出来ないなんて言わないでとタクトが小さく笑えば、スガタは複雑そうな表情でもう何度目か分からない溜息を吐いた。
「……なんだかはぐらかされた気分だ」
「僕の言うことは信用できない?」
「そうじゃない、けど」
彼にしては珍しく歯切れ悪く零すのが可笑しくて、タクトは手を伸ばしてまるで子供をあやすようにさらさらの青髪を撫でてやった。引っ掛かりなく指を滑る艶やかな髪の感触が気持ち良くて、繰り返し掬い上げる。
「守りたいものがあるから、少しくらい重くたって背負えるんだよ」
他愛ない日常とそれを共にする大切な人たち。その中心にいるのは、いつも、決まっている。
スガタだってきっと同じ。誰かの為にその運命を背負っている筈だ。大切なものがあるから投げ出さずにいられるのだろう。
「ね、ワコとスガタがいてくれるなら無敵だと思わない?」
なんたって巫女と王様だよと、おどけた調子でタクトが笑うのを彼の肩に再び顔を寄せてスガタは聞いていた。暗い室内にまるで明かりが満ちるように響く朗らかな声に知らず口元が綻んだ。
「本当に、お前は前向きと言うかなんと言うか……」
「あっ馬鹿は死ななきゃ治らないとか思ったんだろ! 言っとくけど赤点だけは取ったことないんだからな!」
「はいはい」
「…ひゃっ」
軽くいなす声の後に、再度襲い来る生温い感触にタクトはびくりと身体を硬直させた。スガタの髪を弄んでいた手も思わず急停止する。
「ま、まだやるの……!?」
「消毒を怠るのは良くない、戦いに身を置くものなら当然だろう?」
「っそれなら救急箱貸してってばーーー!」
くすぐったさに段々涙目になるタクトの抗議には一切聴く耳を持たない王直々の手厚すぎる介抱は――まだまだ続く。


背中合わせに守らせて



最初にも書きましたが今更19話。おいしすぎた19話。何度も見ちゃう19話です。これ付き合ってない…つもり…なんだ…
@11-0319

モドル
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -