※薄暗い。捏造ひどい


彼を見ていると学生時代に返ったような錯覚を覚えることがある。
遮光カーテンが窓を覆い、間接照明だけが唯一の光源となる暗い部屋の中で、何をするでもなく床に寝転がった赤髪の少年を椅子に掛けたまま見遣って、スガタはぼんやりと思った。目を閉じて眠っているのかと眺めていれば、次の瞬間には退屈そうに自身の癖のある髪を玩んでいる。
そうして、スガタが手にしていたティーカップを小さな音を立ててテーブルに置いて、はじめてその存在に気付いたとゆっくりと意識が向けられた。摘んでいた髪の束を放し、寝転んだ体勢のまま不思議そうに瞳を瞬かせる。
「……あれ、スガタ……? 来てたんだ」
少年の言葉にスガタは僅かに眉を寄せるが、すぐに諦めたように解き息を吐いた。この部屋に入ったのはもう小一時間は前だと、言ったところで無駄なことだ。
無音に等しく時の流れを感じさせない室内に、溶け込むように存在する今の彼。
記憶の中で、騒がしい友人たちに囲まれて楽しそうに笑うあの頃の彼。
随分と経たはずの歳月は、けれど目の前の少年からは一欠片も感じ取ることは出来ない。
変わらず「少年」のまま、スガタの傍に在る。
そう、彼は――ツナシ・タクトは、全てが終わった遠き日に、時の刻みを止めたのだ。

彼が一人で戦うには限界があった。
最後に残った四方の巫女、ワコの封印までをも破られ、サイバディを閉じ込めていた歪な牢獄は跡形無く消え去った。
最強の兵器となりえる存在を解き放つという最悪の事態。けれど最悪だったのはそれだけじゃなかった。
積年の抑圧を受けた反動か、サイバディ達は操者であるドライバーの意思を介さず暴走を始めたのだ。
最早為す術は無いと、その場に居た誰もが思っていた。
ただ一人、彼以外は。
今まで秘匿していた彼の第一フェーズ、その能力こそ真の封印の発動だったのだから――。
四方の巫女の封印解除を引き金に彼を軸として展開されるそれは、今までのような生易しいものではなかった。まず、アプリボワゼして形成されたサイバディのドライバーとのリンクを切る事で強制的に素体に戻し、赤子の手を捻るが如く容易さで四肢を分断して、簡単に手の届かないだろう暗い海の水底へと沈めた。けれど、ただ沈めるだけでは万が一に回収され修復されてしまえば意味が無い。シルシさえ有れば第二の綺羅星十字団を生み出す可能性がある。
本当の封印の為に。
呪われた因習を今度こそ終わらせる為に。
彼は存在する全てのシルシをその身の内に取り込むことで、人間とサイバディとの繋がりを完全に断ち切ることを選んだ。
彼が天に手を掲げて何事か囁いた瞬間、王の柱にも似た目映いばかりの閃光が辺りを包み――唐突に、自身に宿していたはずのシルシが、消えた。
何が起きたのかなんて分からないくらいに一瞬のことだった。何もかもが収束したのだと気付いたのは、彼が目の前でくずおれた時。
よく考えもしなかった。
彼一人が他のドライバーよりもフェーズが高く優位であった理由が、その時にやっと分かった。
封印を守る為の抑止力として、守りきれなかった時のスペアとして。
タウは「印」、散りばめられた二十二のシルシを統括する者として。
――彼の持つ「ツナシ」の名が示す通りに、彼は全てのドライバーの「身代わり」になったのだ。
それだけ完璧な、封印と呼ぶには荒々しいそれは、もちろんその代償も大きいと、彼も分かっていたはずなのに。

他に方法が無かったと、困ったように笑う彼が、今も忘れられない。


「出掛けるならスガタひとりで充分じゃない? 荷物持ちなんていくらでもいるでしょ」
スガタの一歩先を歩きながらタクトが不満そうに声を上げる。頭には、滅多に外出をしなくなった彼に南国特有の強い日差しを直接受けさせる訳にもいかず目深に被せたキャスケット。手には、半ばスガタが押し付けたかたちの大きくロゴの入った買い物袋を揺らしている。
「そんなこと言って、お前は放っておくと部屋からちっとも出てこないだろ。たまには付き合え」
好きな物買ってやるからと、まるで子供に言うみたいに付け加えれば、タクトは歩みを止めてぱっとスガタを振り向いて瞳を輝かせた。急に立ち止まられて間一髪衝突を免れたものの、くっつきそうに近い距離でスガタを見上げてタクトは嬉しそうに笑っている。
無気力に過ごしている日々が多くなった彼のそんな表情は久方ぶりで、スガタは少し面食らった。
「それならメロンパン食べたいな」
「……それだけか?」
「うん」
メロンパンひとつで上機嫌になったタクトは、くるりと踵を返すとまた歩き始め、スガタはぼんやりとその背を追った。
本当に、昔に戻ったように錯覚してしまいそうになって――すぐに振り払う。
目的を持った彼の軽い足取りに置いていかれそうになるのだけは避けねばと、歩みを速めて。なんとはなしに、陽光を受けて輝く傍らの一面のショーウィンドウに視線を向けた。手入れの行き届いた透明な窓ガラスには、まるで鏡のように二人の姿が映りこんでいる。
学生時代は同じくらいだった身長は、今はスガタの方が高い。逆らうことなく重ねた年月の分、顔つきも多少変わった。
なのに、帽子の下で赤い髪をふわふわと風にさらす彼は何一つ変化が無い。いつまでも、記憶の中――出会った頃の少年のままにスガタの前を歩いている。
他人からしたら、似ていない兄弟と思われるか、それともアンバランスな友人同士と思われるかという組み合わせに見えるだろう。同級生だったなんて、言ったところで誰も信じるはずがない。
そう、かつての同級生だって、今の彼をあの頃の彼と同一人物であると信じられるはずがない。
過ぎた時間はもう、取り返しのつかないところまで来ていた。
「タクト」
離された距離を早足で詰めて名を呼べば、スガタを振り仰ぎ少年が首を傾げる。その仕草にふと放課後に寄り道をして帰った時を思い出して、酷く感傷的な気持ちになった。
自由でなくとも、ありふれた幸せに満たされていた懐かしい日々を。
「ワコから、手紙が来てた」
タクトとスガタ、そしてワコ。
あの頃はいつもこの三人で遊んでばかりいた。
喜びも悲しみも、何もかもを共有して共に過ごした。
高校を卒業して、彼女が島を、出るまでは。
「結婚するんだそうだ」
しきたりだった婚約は高校を卒業するその日に正式に解消を決めた。一族の反発が無かった訳ではないが、今まで守ってきた古代の遺産もその封印も消失してしまったのだからと跳ね除けた。
それに、お互いを大事に思ってはいたけれど、お互いが恋愛感情ではなかったから。
無意味に彼女をシンドウの家に縛る気もなかったし、なにより彼女の夢を叶えてあげたかった――だから解放した。
別れの日、島と本土を唯一繋ぐフェリーで発つ彼女をスガタはタクトと見送った。泣き出した彼女にタクトは最後まで笑顔を絶やさずにいて、帰宅してからはやるべき事を全て終えたかというように彼はシーツにくるまって、そのまま暫くを過ごした。
思えばワコには負の部分を決して見せまいと気を張っていたのだろう。
余計な心配を掛けたくないと、タクトに起きている事にいち早く気付いたスガタは口止めされていたから彼女は何も知らない。察しのいい彼女だから、彼が成長していないことに薄々感付いていても不思議ではなかったけれど、本当のところは分からない。
それでも、彼女が気に病まないように、自由に外の世界に行けるように、旅立つその時までタクトはずっと明るく振舞い続けた。
彼の優しさは人に幸せを与えるだけで、彼自身には何も齎さない。
こんな時だって、涙を見せない彼が悲しかった。
彼女が発った夜、シーツに埋まるタクトの傍らで、スガタは無力な自分とタクトを苦しめる世界を呪った。
「……――そっか」
ゆっくりと紅い瞳を瞬かせて、タクトが呟く。それだけの年月が経ったのだと噛み締めるみたいに響く声音が辛くて、スガタは往来だというのに抱き寄せてしまいたい衝動に駆られるのを強く踏み止まった。
またひとつ、彼の手を零れ落ちる。
目深に被った帽子の影にその表情を隠し、再び前を向いて歩き出す彼の小さな背中をただ見つめた。

少しずつ感情を失っていく彼を傍で見ていることしか出来ず、時間ばかりが過ぎていく日々。
まるでガラスに隔てられているように現実味を伴わない彼が怖くて、いつからか、一分でも一秒でもその存在を確かめていなければ気が済まなくなった。
手を伸ばして、それを拒まない彼に安堵する。その繰り返し。
閉じられたはずのゼロ時間に今も彼だけが取り残されている。
誰も触れられない遠い世界で一人立ち尽くしている。
そして、そんな彼から離れられない自分もまた、灰色の闇に囚われているのだと思い知って自嘲するのだ。
彼がくれた自由を捨てて、彼の隣に居続けることを選んだ浅はかさと。
けれど、本当はこうして彼を独り占め出来ることをずっと望んでいたんじゃないのか、と。

答えなんて、今はもうわかるはずもないのに。


刻まない秒針すら愛おしい



ちょっと前に言ってたヘッドとカタシロさん的なスガタクに挑戦してみたらこんなことに。もう意味がわからない。とりあえず最終回来る前に好き勝手してみました。ツナシ(魚)にまつわる話がなかなか興味深い。
@11-0311

モドル
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