※22話補完


劇団夜間飛行の舞台「神話前夜」の公演を無事に終え、カーテンコールの後。ざわめきから離れた控え室として使用している一室を出て、何か軽く食べるものでも買って来るとホールへ向かうスガタをタクトは呼び止めた。
振り向いたスガタの顔には彼には少し野暮ったい眼鏡が乗っていて、そういえば自分も含めまだ舞台衣装のままだと遠く思った。幸いこの辺りは一般客の通行を禁止している通路であるから目立たないが、未だ見物人でごった返すホールにでも出ればたちまちファンに囲まれるんじゃないかと要らぬ心配すらしてしまう。舞台中の声援といいスガタの女子人気は凄いからなあと、負けず劣らずな自身についてはいまいち疎いタクトは、普段とは違うスガタの格好を眺めてこっそり苦笑した。
「何かあったのか?」
「ううん、買い出しなら僕も付き合おうと思って」
不思議そうに見つめて来るのにタクトは首を振って同行の意を伝えるが、スガタは肩を竦めると「僕だけで大丈夫だよ」と薄く微笑む。
「今日の主役にそんな事させられないだろう」
「なにそれ……」
ヒーローとヒロインという意味では確かにタクトは主役だったのかもしれないが、決してスガタが脇役だったというわけではない。むしろ三人揃ってこその芝居だったとタクトは感じていたので、彼の言い分は納得がいかなかった。
そうして不満げに口を尖らせるタクトにスガタはそっと溜息を落とすと、手を伸ばしてタクトの襟元でちょこんと主張する赤い蝶ネクタイに触れた。不意の行動にタクトが目を丸くするのを見てスガタが困ったように眉を下げ瞳を細めた。
「じゃあ言い方を変えるよ」
「……?」
「ひとりになって頭を冷やしたいんだ」
どういうこと? ――とスガタの零した言葉の意味を計りかねて瞳を瞬かせていると、その隙をつくようにタイを引かれタクトは勢いのままスガタに向かい体勢を崩した。たたらを踏んで転びそうになるのをスガタの腕が支えたことに安堵して顔を上げれば、至近距離に淡い琥珀とぶつかる。度の入っていない透明なレンズ越しに見える瞳からは一切の感情が読み取れなくて、タクトは知らず自身を支えている彼のジャケットをぎゅうと掴んだ。
「スガ……」
「恋人が自分以外の人とキスするところを見て落ち着いていられるほど、僕は大人じゃない」
込み上げる不安に名を口ずさもうとすれば捲し立てるように呟かれ、その口で唇を塞がれた。
一瞬の、触れるだけの口付け。
頭が理解するよりも早く、すぐに身体ごと離されて、呆然とするタクトにスガタはまた柳眉を下げる。
「だから、すまない」
さらりとタクトの髪を撫でて脇をすり抜けて行くスガタをタクトは何も返せずに見送るしかなかった。
細身のスーツの後姿がホールへ消えて。残された言葉をぐるぐると反芻しながら、手持ち無沙汰に乱れたタイを手で押さえる。
過ぎるのは舞台のワンシーンの数々。
スガタ扮する青年コルムナが、少女クレイスを愛したことで運命を狂わせる物語。
お伽噺のように語られるそれをマルクはただ聴くことしかできない。
傍観者でしかいられない。
それはどこか今の自分達を示しているようでいて、息苦しくて。
演技でも、クレイスであるワコを求めて抱き締めようとする彼を見るのは辛かった。
ただのお芝居だと言い聞かせても、蟠る思いは際限なく積み重なっていくばかりだったから。
――だから彼も同じように思ってくれていると知れたことが嬉しかった、と。
そんなことを言ったら不謹慎だろうか。浮かぶ思考にタクトは堪えきれず口元を歪めた。
「……僕だって同じだって、いつ気付いてくれるの」
人波に掻き消え、もう見えない青色を想って細く吐き出す。
本当に、僕達は不器用で――まだ、子供だ。


恋心は演じられない



タクトの衣装が可愛過ぎて眼鏡スガタもろとも荒ぶりました。例のキスシーンが思いの外あっさりで、舞台後のタクトがなんの反応も見せなかったのはスガタさんで慣れてたからですねとしか…。しかし野心家スガタさんどうなるの。
@11-0308

モドル
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