※「鳥籠」より前の話。もえない。いろいろ捏造注意 物心の付く前より父親に連れられよく訪れた皆水神社の境内に、幼いワコに手を引かれ現れた、鮮やかな赤髪が印象的な同じく幼い少年。ぱちりと開かれたやはり赤い瞳と野生の猫のように警戒する様が彼を実際の年齢よりも更に子供っぽく映して、同じ歳である筈のスガタもその微笑ましさに思わず頬を緩めるほどだった。 そうして彼女の影に隠れるようにして辺りを窺っていた少年は、佇むスガタに目を留めると大きな紅玉を何度も瞬かせて驚きを顕にして。 一度ゆっくりと瞳を閉じて再び開くと、溶けそうにか細い声でぽつりと呟いた。 「きみが王様なんだ」 ――それが、まだ運命を知る前のスガタとタクトの出会いだった。 タクトとは最初の一度会ったきりで、それも少し話したくらいだった。 女の子らしくお喋り好きなワコの話をにこにこと興味深そうに聞いて、時折笑って。纏う色とは正反対の柔らかく落ち着いた仕草はやけに印象に残った。先程までの警戒心を露にした幼さは鳴りを潜め、どこか達観したような雰囲気を持つちぐはぐさは、僅かな時間の中でもスガタに興味を抱かせるに充分だった。 それに、彼の零した一言がスガタの胸に引っかかりを残していて、ワコの話すことにも上の空でスガタはタクトばかりを目で追っていた。たまに目が合えば首を傾げられて、スガタもなんと言っていいか分からず曖昧に笑い濁す。 今でなくともいいかと、この瞬間を満たす優しい空気にスガタは刺さる棘を飲み込んで三人で過ごした。 けれども、タクトは彼を探しに来た大人達に早々に連れて行かれてしまい、束の間の交流は終わりを迎える。 タクトを誘い出したワコは、スガタの帰ったその夜にこっぴどく叱られたのだと後に語っていた。 そんなワコとはそれこそ生まれた時からの付き合いで、お互いを兄妹のように慕っている。許婚同士であるということも少なからず親近感を得る一端だったのかもしれない。 シンドウの跡取りと皆水の血筋の直系である巫女は婚姻を結ぶ決まりがある。 これは即ち、スガタとワコを指す。 まだ四方の巫女の存在も自身のことも教えられていなかったスガタは、気心の知れたワコが相手なのならとあまり深く考えることはなかった。まだその婚姻がどうして行われるのかも知らなかったというのもあるし、何より結婚の何たるかなど年端のいかない子供に分かるはずもない。 反対にワコはこの話については沈んだ表情を浮かべることが多かった。 スガタとは違い既にある程度のことを聞かされていたワコは、彼女自身も決められた結婚を強いられるけれども、それ以上に犠牲になる存在が影にあるのを知っていたのだ。 ワコは皆水の直系ではあったが「巫女」ではなかったのだから。 次にタクトと会ったのはいくつかの季節を過ぎた頃、十歳の誕生日を迎えて程なくしてから。 知りたくもない真実を告げられて気が滅入り、自室へ閉じ篭ることが多くなっていたスガタは、半ば無理矢理アゲマキの家、皆水神社へと連れて行かれた。理由は特に告げられず、社へ着くなり宴を催す時くらいにしか使われなさそうな大広間に両親と共に通された。 こそこそと囁く声が波紋のように広がる室内。 シンドウの家系アゲマキの家系に組するもの、ほとんど顔も知らない大人ばかりだったが、中にいたのはそういった人間たちだ。その中にはもちろんワコもいて、見知った彼女を見つけるなりスガタは息苦しさにほっとするとともに余裕が生まれ、視線を周囲に向けた。 「……っ」 瞬間目に飛び込む、暗い色合いの服装に沈む室内で、一際目立つ赤い色。 大人たちに混じって姿勢良く座している、スガタやワコとそう変わらない背格好の少年。 少しだけ俯けた顔に夕陽色の髪がかかって表情は窺えなかったが、それでも忘れるはずがない印象的な輝きを放っている。 あの言葉の意味も結局問えないまま流れてしまっていたけれど、不思議に穏やかな空気を持つ少年をスガタは忘れることはなくて。会ったのはあの一度きり。けれどそれは間違いなくタクトだと確信が持てた。 スガタを見て「王様」だと言った彼は、つい先日知らされたばかりの「スガタ」の真実を知っていたというのだろうか。 あの時は分からなかった言葉の意味を今になって噛み締めて、ぎゅ、と膝に乗せた拳を握り締めた。 そして、思いもよらない場所での再会に驚きを隠せずにいるスガタの耳に落ちる両親の会話に、スガタは体を強張らせた。 ――あれが当代の皆水の巫女か。 ワコではなく、明らかにタクトを見遣って発されたものだった。 四方の巫女はそれぞれひとつの血脈に一人しか生まれることはない。 そう聞かされている。 皆水の巫女はアゲマキの直系、話の通りならワコのはずだ。だからスガタの許婚なのだと、あの忌々しい誕生日の日に聞いたのだ。 けれど、両親の言葉の、視線の通りなのならば「巫女」はワコではなく、 ――本当に男の子なのね。 ――ああ、凶兆でなければいいんだがな……。 底冷えするような感覚に、知らず体が震えた。 スガタは気落ちしていたこともすっかり忘れて、大人たちが勝手に話を進めるのを気にも留めず、お開きになるまでただその少年だけを見つめていた。 動き出す歯車 普通に説明回になってしまった。また気が向いた時に書きたい。 @11-0305 モドル |