あなたが好きです――か細くもはっきりと告げられるその言葉に、タクトはぎくりと足を止めた。
日直の日誌を届けに職員室まで行って、さあ帰ろうと人気の途絶えた廊下を一組の教室へと戻る最中。あと数歩で目指す扉へと辿り着くというところで聞こえてきた少女の声がタクトの動きを完全に停止させた。
タイミング悪く僅かに開かれた扉から垣間見えた光景が、更に思考まで止める。
タクトの知らない、タイの色的に同学年だが別のクラスの女の子。それに相対するのは、よく見知った青色の少年だった。
「……スガタ」
学園内にファンクラブがあるのだと彼の幼馴染みの少女が教えてくれたことがある。同性であるタクトから見てもその事実に驚きよりも納得できるくらいなのだから、異性から見ればとても魅力的に映るに違いない。許婚が存在するという障害をもってしても射止めたいと果敢に挑む者がいてもなんら不思議じゃなかった。
それに、恋愛は自由だと言ったのは彼だ。
タクトが綺羅星のサイバディを全て破壊して、ワコ共々名実ともに自由を手に入れた時、定められた婚約も意味を失う。とは言えお互いを大事に想っているのは傍目にも分かる。全てが終わっても二人はそのままで、いずれ一緒になるのかもしれない。
「……っ」
ちくりと鈍い痛みを胸に感じてタクトはその場にしゃがみ込んだ。冷えた床の上、何に傷付いているのだろうと立てた膝に顔を埋め擦り付ける。
強がって見せても、すぐに脆く足元を見失いそうになるタクトの手を引いてくれる少年と少女。
ナツオとハナ、スガタとワコ。
幸せになって欲しかった、幸せになって欲しい、何より大切な友人たち。
なのに、それを勝手に疎外感を感じているのは自分が子供だからだと目を伏せる。
どちらか一人でも欠けたら駄目だ、彼らの幸せを見届けることが自分の――
「タクト?」
がら、と重い音を立てて開かれた扉。それとともに降ってくる穏やかな低音にタクトはのろのろと顔を上げた。
通学鞄を肩に掛けて何事も無かったように立つスガタがそこにいて、その向こうに見えた夕日が差し込む教室にはもう誰もいなかった。いつの間にか告白劇は終わっていたらしいと遠く思って、またスガタに視線を戻した。
目が合えば座り込むタクトに小さく笑みを見せて、それだけのことに息苦しくなる。
「どうしたんだこんなところで。日誌、置いてきたのか」
待ってたんだ、と色素の薄い瞳を和らげて差し伸べられる白い手に、手を重ねるべきか思案する。
「――……ぁ」
その手をとっていいのか、掴んでいいのは誰なのかと考えて、浮かしかけた指先をすんでのところで握り込んだ。爪先が手のひらに食い込んで微かな痛みを訴える。
何を思った、何を傷付いたんだ、自分は。
二人を自由にすること、二人の幸せを見届けること、それを近くで見守ること。
決して邪魔をしたい訳じゃなくて、ただ傍に居られることを望んでいた、はず、なのに。
強く握ったことで爪が皮膚を傷付けたのか、じわりと手のひらを濡れた感触が伝った。流せない涙みたいにゆっくりと滲んでいく赤い水に、積み重ねられたこれまでの日々を塗り潰されていくようで、苦しさに小さく喘いだ。
塞き止めていた感情を決壊させてはいけないと、ぎりぎりまで残った理性が警鐘を鳴らす。
手をとったら、その温かさを知ってしまったら、もう二度と戻れなくなる。
自分自身気付かないように押し殺してきたものに再びがんじがらめに鍵を掛けて。
差し伸べられた手をそのままに立ち上がると、いつも通りの明るさで、タクトは笑った。

大丈夫、「誰か」の一番になりたいなんて望んだりしないよ。


笑顔の裏に閉じ込めたもの



珍しくタクトからの矢印。雰囲気で察してくださいみたいな話になってしまった。20話の親世代に当て嵌めてみて、病んでるタクトとそれでも傍にいるスガタとかなんだか楽しそう。
@11-0226

モドル
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