※2万打こっそりフリリク@


カチコチと秒針が時を刻む音が室内に満ちる。
眠れない、ともう何度目かもわからない寝返りをうって、タクトは暗闇に目を開いた。消灯時間は疾うに過ぎて、静寂に支配された部屋の中では自分の呼吸音がやけに大きく聞こえた。
明日も学校がある。早く眠らなければ授業に支障を来してしまう。
けれど、そう思えば思うほど睡魔は遠く離れて一向に眠れる気配は訪れない。何か眠気を誘いそうなことでもと思考してみるが、ぱっと頭に浮かぶのはいつも考えている友人のことばかりだった。
いや。友人ではなく恋人、と言うべきか。
「……逢いたいなぁ」
もぞもぞと枕に顔を押し付けてぽつり呟く。
明日になれば否が応にも会えるのに、思い描けばすぐに恋しさに胸がいっぱいになる。
「スガタ」
島で目覚めて初めて認識した人物、クラスメイトで同じ部活でタクトにとって命の恩人であるワコの幼馴染で許婚で彼女の大切な人。
それだけだった筈なのに、気付いたら一番近くに居て一番気になる存在になっていた――お互いに。
タクトは枕元に転がしていた携帯電話を手に取ると画面を開いていくつかボタンを押してみた。メールも着信も履歴に残るのはスガタの名前だけだ。それもその筈でこの携帯電話は、島に来るにあたって海に流してしまい携帯を所持していないタクトの為にスガタがくれたものなのである。何かあった時に困るだろうと付き合い始めてすぐの頃に渡されていたのだ。
とはいえ、平日は学校で週末はシンドウの屋敷でと、スガタと会わない日の方が少ないくらいで彼との間で使用する機会はあまりない。けれど彼に貰った携帯で他の人間とコンタクトを取る気にもならない。だからタクトは携帯のことは誰にも話しておらず、メモリーにはスガタのナンバーしか登録されていない状態だった。
ボタンを押せば簡単に彼に繋がる魔法のような機械を握り締めて、小さく溜息を吐く。声を聞けたらなぁなんて片隅で考えて、すぐに打ち消す。零時を少しまわったくらいだけれど、電話をするには非常識な時間だ。それも用があるわけでもない。眠れないから話をしたいなんて我侭を言えるほど開き直れなくて。それに。
――声を聞いたらもっと逢いたくなるに決まっている。
「……」
タクトは身体を起こし手にした携帯をポケットに突っ込んでベッドからそっと降りると、勉強机の前に設えられた窓を開け放った。秋を感じさせる冷気を帯びた夜風が頬を撫でていくのに目を眇めて、窓の外、寮の建物に沿うように植えられている桜の木を見据えた。

独特の軽く擦れるような音が砂を踏む度に上がり、波の寄せるそれと重なり心地好く鼓膜を震わせる。月と星の輝きだけが頼りの夜の浜辺をタクトはひとり歩いていた。
スガタに会いに行ければ一番いい。でも出来ないからと、衝動的に寮を飛び出してやって来たのは彼とよく訪れる海だった。
昼間は穏やかながらも生気を感じる青く澄んだ海も、月明りの中では眠ったように静かだ。人の気配も無い、自動車のエンジン音も随分と遠く、まるでゼロ時間にとり残されたような静寂がタクトを包む。余計にひとりで居ることの寂しさを実感して、失敗だったかと苦く笑うと足を止めて、ポケットに忍ばせた携帯を取り出した。
バックライトにスガタの名が無機質に浮かび上がる液晶を見つめる。
電話は出来ない、けれど。
「……メールくらいなら、いいかな」
往生際悪く彼を想う気持ちを抑え切れなくて短く文字を打ち込むと、僅かに躊躇って親指を彷徨わせて。送信ボタンを、押した。
切り替わる画面をぼんやり見届けて携帯を閉じる。
「よし、っと」
それだけで少しだけ心が軽くなった気がしてそっと息を吐く。そして再度歩き出そうと足を踏み込みかけて、突如鳴り響いた場違いな機械音に肩を跳ねさせ静止した。明確なメロディを持たず単調に繰り返すだけの機械仕掛けの鐘の音に慌てて手元の携帯を開く。まさかという思いで見つめる先、煌々と光るそこには着信を告げる文字と焦がれる人物の名前が浮かんでいた。
「――っはい!」
驚きに落ち着く間もなく条件反射で通話ボタンを押して、裏返りそうになる声で受話口に応える。途端聞こえてくる抑えた笑いと『もしもし』というお決まりの台詞。
「スガタ?」
夢でも見ているのだろうかとあまりのタイミングの良さに訝しむような声で応答すれば、いつもの調子で『なんだ?』と短く返ってきて、タクトは震えそうになる唇を噛んだ。聞きたかったスガタの声だと思ったら心臓がうるさく主張し始める。それを悟られまいと一度ゆっくりと息を吐き出して口を開いた。
「……こんな時間にどうしたのさ」
『それをお前が言うのか?』
メールを送ってきたのはそっちだろうと楽しげに響く声が返した。いつもより少しだけ抑えて大人っぽく聞こえるのは電話越しだからだろうか。妙に意識してしまい顔が熱い。
「うぅ……そうだけど。もう寝てるかと思ってたよ。スガタってじいちゃんみたいに早寝だから」
寂しがる気持ちを誤魔化すようにわざとらしく冗談を織り交ぜる。それに時間も時間で、そうでなくとも送った内容的にもわざわざ電話してくるとまではタクトも思っていなかったのは事実だ。
『失礼だな。僕にだって眠れない日のひとつやふたつあるさ。――で、どうしたんだ急に』
「何が」
『今日は星がよく見える、なんて随分意味深なメールじゃないか』
「……そう? そのまんまの意味だけど」
特に意味なんてない。本当に言いたかった言葉の代わりに、ただスガタと繋がりたくて目に見えたままを打っただけの文字列。
なのに、スガタはその裏に潜む本心を敏感に察しているようだった。
タクトの曖昧な返答に溜息を吐いた後、はっきりとした声音で『怒らないから言いなさい』なんて言ってくる。
「ちょ、なんで怒られるの前提なの?!」
『お前が誤魔化そうとするからに決まってるだろ』
全て見透かされているのだと伝わる口調にタクトはどこか嬉しくなって思わず口元を緩めた。その言葉だけで彼が自分をきちんと見てくれているのだと分かるから。
まいったなあと、波打ち際に寄りすぎて海水にスニーカーが浸りそうになるのを軽くステップして避けて数秒黙り込む。
『タクト』
急かすようにも宥めるようにも響く声が名を刻む。
――ああもう本当に一生彼には敵う気がしない。
タクトは覚悟を決めると口唇を薄く開いた。
「…………たの」
『聞こえないよ。もう一回』
電話越しとはいえ素直に言うのが気恥ずかしくトーンを落としたからか、それともただの意地悪なのかスガタが繰り返すよう要求をしてくる。
そうなるとタクトとしてももう自棄だという気持ちが湧き上がって、勢いに任せて言葉を乗せた。
「っ〜〜〜〜逢いたくなっちゃったの!」
「――――へえ、奇遇だな」
僕もだ、とやけにクリアな声が耳朶を掠めて。タクトは目を見開くと思いきり背後を振り返った。
月明かりを反射して冷めた青色を靡かせるすらりとしたシルエット。タクトと同じように耳に当てていた携帯をゆっくりと下ろして穏やかに微笑する、闇夜に不思議な輝きを放つ琥珀の双眸の持ち主。
会いたくて仕方がなかった人物が、そこにいた。
「……スガ、タ?」
「そんな幽霊にでも会ったみたいな顔するなよ」
するよ! なんていう喚きは距離を詰められ抱き寄せられることであっさりと封じられて、タクトはスガタの肩口に顔を埋めると堪えきれず小さく笑った。
「ほんとに、びっくりしたよ」
「僕も気分転換に散歩でもと思って来たらタクトがいて驚いた」
くすくす笑う声と共に、緩やかに髪を梳かれる感触の心地好さに一度目を閉じる。それから少しだけ身体を離して視線を交わし、触れるだけのキスをした。
「冷たい」
離れたタクトの口唇に指を添わせてスガタが僅かに眉を寄せるのに、スガタもだよと苦笑いを浮かべる。そんな他愛無いやりとりがなんだか可笑しくて、けれどとても幸せで、お互いの冷えた指先をどちらともなく絡め合った。
意図しない真夜中の逢瀬。嘘みたいな偶然が齎す奇跡は、まるで初めて出会った時を思い起こさせる。
静かに響く波音に、僕たちが引き合わせられるのはいつもこの海だなと、どこか運命すら感じてはにかめば、同じように柔らかく微笑むスガタが視界に映った。
星が降りだしそうに澄み渡る空の下、眠れない夜を大好きな人と過ごす満ち足りたひとときは体温に反して温かく、優しく心に滲んだ。


星空散歩



「どうしても真夜中にスガタに逢いたくなって寮を抜け出すタクト」公式同棲始まってても気にしない。直球で攻めてみましたが携帯とか色々捏造しまくりですみません。依稚様、この度は素敵なリクエストありがとうございました!お気遣いまでして頂いて恐縮です…!至らぬ点ばかりの作品ですが少しでも楽しんで頂ければ幸いです。
@11-0217

モドル
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -