とある休日、何気なく寄ったコンビニの季節物を取り揃えたコーナーの一角。普段なら特に気にも留めないそこでスガタはふと立ち止まった。派手な包装のパッケージが並ぶ隅で小さく積み上げられた二センチ四方のそれを前にして、スガタは僅かに思案すると一つだけ手に取ってレジカウンターへと足を向けた。
幼い頃に食べたきりで懐かしさを覚えたのと、ちょっとした悪戯心。
珍しく週末を共にしなかった少年を思い描いてスガタはそっと口元を綻ばせる。
そろそろ思い知らせてやってもいいかな、なんて意地悪く考えながら自動ドアを潜る足取りは軽かった。


恋を告げる日


その日、タクトは上機嫌だった。
放課後の自宅への帰途をスガタはタクトと並び歩き、今にもスキップし兼ねない足取りで鼻歌でも歌いだしそうな彼を横目に窺った。片手には毎日の通学の友である学校指定のシンプルな鞄、それからもう一方の手には少し大きめの紙製のショップバッグ。歩くたびにがさがさと音を立てる紙袋には色とりどりのラッピングで着飾るものたちがひしめき合っている。
「随分たくさん貰ったな」
「うん! 今月お小遣い足りなくて困ってたから助かるよね〜」
隣を歩くスガタの言葉に無邪気な声が答える。
しかし話す内容は全くもって無邪気ではないなと、スガタはタクトの手の先にある紙袋に視線を向けた。
可愛らしいピンクの包装、水玉のリボン、ハートを模したパッケージ。これでもかと少女趣味を詰め込んだようなそれらの中身はすべてチョコレート菓子だ。
今日は二月十四日。
クラスメイトのマキナ・ルリ曰く「乙女の戦争の日」であるらしい。
登校から下校までの間、行く先々でタクトを待ち伏せていた見知らぬ少女たちを思い出して、彼女の表現もあながち外れてはいないなと妙に納得した。
「なんだ、お前にとってのそれはただの食料なのか」
「ただのじゃないよ、貴重な、だよ。みんな優しいよね。義理でも嬉しい」
「……本当に義理だと思ってるのか」
タクトを前にして真っ赤になりながらチョコを差し出していた少女もいたのをスガタは知っている。冗談混じりに渡しながらも明らかに緊張を滲ませていたものもいた。
あれが義理チョコを渡す態度だろうか?
彼女たちにとっては一大決心で挑んだのだろうその行為は、どうやら彼にはひとかけらも伝わっていないようだ。
――さすが、演劇部の女性陣に常々鈍感だと評されることだけはある。
彼の友人であるヒロシあたりが聞いたらその場で説教が始まりそうな発言を悪びれず言ってのけて、当のタクトは言葉通り嬉しそうにしている。喜ばれているという点では、ある意味彼女たちも本望なのだろうか。そうだとするなら健気なことだと感心する。
……自分ならそんなのはごめんだ。
「残念ながら昔から義理チョコか友チョコしか貰ったことないの! モテモテのスガタくんには分からないだろうけどさー」
ほら、僕って本命って感じじゃないっていうかお友達ってタイプみたいなんだよねぇ。
そんなことを大真面目に口にするタクトに、過去彼に勇気を出して玉砕していった少女たちに同情せずにはいられなくなる。いや、それだけ鈍感でいてくれたお陰でスガタ的には助かったと言うべきかもしれない。
スガタも彼女たちと同じ想いを彼に向けているのだから。
それもあって、本人は義理と思っているとはいえ、彼女たちの想いを受け取っているのには少なからず嫉妬していた。相手の懐にするりと入り込み、たちまち好意を抱かせるのが特技のような少年だ。いちいち妬いていてはきりが無いと分かっていても心中は複雑だった。
「あれ? そういえばスガタはチョコどうしたの?」
「うん? ワコには貰ったけど」
「それは僕も貰ったけど、そうじゃなくて」
学生鞄を抱えているだけのスガタに気付いてタクトは首を傾げた。南十字学園でも絶大な人気を誇る彼が義理や本命問わず、チョコの二十個や三十個貰っていてもおかしくはないと思っていたのだ。けれどそこにはそれらしき影はない。よくよく考えれば渡されている場面にも出くわしていない。
「ああ、僕はいつも断っているから」
編入組でもなければまず渡して来るものはいないとスガタは何でもないことのように言った。
「え……なんで?」
「僕には許婚がいる」
さらりと告げられる言葉にタクトは目を見開いて足を止めるとスガタを振り仰ぐ。スガタもそれに合わせて歩みを止めると、そんなタクトに柔らかく笑って「断るには格好の文句だろう」と続けた。
もちろんそれくらいで引き下がる娘ばかりではなかったが、無理矢理渡されようものなら捨てるだけだとスガタは割り切っていた。その場だけでは愛想良く対応してはやれても、生憎好きでもなければ興味も無い人間から何かを貰う気にはなれない。スガタにとってのそれらの感情の対象は唯一人だけなのだからと小さく笑った。残念ながら、その人物はこれっぽっちもスガタの気持ちには気付いていないようだったが。
だったら――とスガタはそっと空いた手を動かす。
「……それにね、」
制服のポケットから二センチ四方の小さな包みを取り出して包装を解き、中から出てきたダークブラウンの固形物を口に含む。口内に広がる甘味にスガタはにやりと口角を上げると、こちらを見つめたまま立ち止まっているタクトの腕を取り強く引き寄せた。
突然のことに驚く表情、体勢を崩して詰まる距離、傾いた紙袋から落ちた想いの塊が軽い音を立てて転がる。
スガタ、と掠れた声が小さく名を呼び宙に舞う。
「ちゃんと本命がいるから」
大きな紅い瞳を間近に覗き込んで、無防備に薄く開いた口唇に吸い寄せられるように唇で触れた。
咥えた甘味をそっと抉じ開けた彼の口内に届け、離れる間際に唇を舌でなぞる。
そうして、一瞬の間を置いて面白いほど顔を真っ赤にしたタクトがわなわなと口唇を震わせて。
そんな彼と交わした酷く甘いチョコレート味のキスにスガタは楽しげに琥珀を細めた。

――いくら鈍感でもわかるだろ?


恋が始まる日




バレンタイン@チ○ルチョコと言えばなべったべたなオチでこんにちは。せっかくだから日付連動させようと無駄に2日に分けてみました。自己満足ですすみません。
@11-0213~14

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