※12000hitキリリク


スガタの部屋にはあまり物が無い。殺風景すぎるとタクトは訪れる度に思っていたが、スガタの過去や性格を鑑みればそれもまた頷けることでもあった。
余計なものは持たない、余計な期待はしない。
王のシルシを授かったが為に自己を抑えているスガタをこの部屋は顕著に表している。
そして、そんな彼の部屋でタクトは珍しいものを見つけて小さく声をあげた。
「――絵本?」
スガタが勉強机として使っているいかにも高級そうなデスクの上に無造作に投げ出されている数冊の書籍。大判のものを筆頭に小学校の図書室で見かけるような児童書の数々は、どれも子供向けにイラストが描かれていて、捲ってみれば簡単な漢字とひらがなばかりが羅列されていた。
さすがに高校生ともなると触れ合う機会のないもの、それも縁遠そうな持ち主と思われるスガタを見遣りタクトは首を捻った。視線に気付くとスガタは口をつけていたティーカップを置いて席を立ち、絵本を手にして不思議そうにしているタクトの傍へと歩み寄った。
「これ、スガタの?」
「……ああ。掃除していたら出てきたから処分しようかと思ってね」
スガタの答えにタクトはふうん、と呟いて、随分と読み込まれたらしく所々折れた跡のある絵本の表紙を指先で撫でた。それらをよく見てみれば、女の子が好みそうな白雪姫や雪の女王、日本の伝承にある雪女、果ては雪の結晶に関する真面目なものまで、雪の名が付くかそれを題材にしたものが多く積まれていることに気付く。
「スガタ、雪好きなの?」
そういえばこの島には雪は降るのだろうかとぼんやり考える。今、季節は冬でそれなりに肌寒さはあるものの、雪が降りそうに冷え込む気配は今のところない。そこはやはり南の島ということだろうか。
タクトの隣に立ち同じように絵本の表紙を眺めていたスガタは、タクトの問いに僅かに息を詰めると苦く笑った。
「雪、か…どちらかと言えば嫌い、だな。……いや、怖いのかな」
「怖い?」
意外な表現にタクトがスガタを振り向くと、どこか不安を滲ませた琥珀の瞳がこちらを見ていた。迷い子のように頼りなく揺れる中にタクトを映して、そっと眇められる。
「もう五年くらい前かな。一度島に雪が降ったことがあってね、とは言っても風花程度のものだったんだけど」
それこそテレビか写真でくらいしか見たことがなかったから驚いたと、スガタが小さく笑う。
「嬉しくて、家族に止められるのも無視してずっと窓を開けて空を眺めてた。積もればいいのにってね」
幼少のスガタが憧れただろう世界がタクトにも手に取るようにわかった。タクトも本土に居たとはいえ北国育ちというわけではないから、そこまでの積雪はお目にかかったことはないが、踏み締める雪の感触は知っている。あれは幼心にとても心惹かれるものだ。
「それで見てるだけじゃ物足りなくて手を伸ばしたんだ。でも、すぐに後悔した」
風に舞い陽光を受けて輝く結晶は、スガタの元に辿り着き――
「手のひらに乗ったと思ったらすぐ溶けて……それがすごく悲しかった」
何もない自分の手のひらを見て苦笑するスガタにタクトは息苦しくなるようだった。
五年前のスガタ――それは以前ワコに聞いた、彼が真実を告げられた時期に重なる。
自分の誕生日すら受け入れられなくなり感情すら置き去りにした、スガタにとっての悪夢の始まりと時を同じくして起きた出来事だった。
「欲しがればなんでも手に入るのに、本当に欲しいものは掴めないって、思い知らされたみたいだった」
何かを介してしか知り得なかった冷たい花びら。
それに触れた喜びよりも、指をすり抜けていく恐怖だけがスガタの中に残った。知らなければ、ただ憧れているだけだったなら、こんな思いはしなかったのに。
「ここから出ることが出来ない僕には一生掴めないものだって気付いたら、それまで気に入って読んでた絵本も見れなくなった」
何度も何度も、時にはワコやケイトやタイガーとともに。飽きることなく繰り返しページを繰ったそれらを、スガタは目に触れることのない奥深くへと仕舞い込んだ。
期待してはいけない。与えられるもの以外を望んではいけない。
『シンドウ・スガタ』である限り、この手には何も無いのだと知ってしまったから。
「実を言うとね、きみのことも少し怖い」
「スガタ」
「今が僕の夢で、目が覚めたら全部消えてしまうんじゃないかって、ずっと思ってる」
――僕の手から零れ落ちた雪の雫のように、きみも消えてしまうんじゃないか。
本当は今も、王の柱を発動した日から眠り続ける自分の夢かもしれないと、心のどこかで引っかかりを感じている。漠然とした不安は止め処なくスガタを蝕んで、ささやかな幸福すら現実味を持たない。
諦めを含んだようなスガタの声にタクトは唇を噛むと、本に添えられていた彼の手を強引に掴んで自身へと引き寄せた。タクトの行動に目を見開くスガタを紅い双眸が真っ直ぐに捉える。強く、スガタを現実に引き留めるように見据えていた。
「――これが夢なもんか」
確かにここに在るのだと、触れた手から伝わる温度が互いの存在を教えてくれている。儚く消えてしまうようなものではないと、スガタにも解らせたくてタクトは強張りそうになるのを無理矢理笑みの形に口角を上げた。そうして、翳る琥珀から目は逸らさずに、にっと笑ってやった。
「僕は消えたりしないし、スガタが望むならずっとそばにいる」
タクトはスガタの冷えた指先に自身のそれを絡めて、誓うように言葉を紡いだ。
この部屋と同じ、何も持とうとしないスガタ。
今まで手に出来なかったものを彼に与えてあげられたらいい。
諦めることしか知らない彼に求めることを教えてあげたい。
その為に今タクトに出来るのは戦うことだけだけれど。それがスガタを本当の意味で目覚めさせる現状最善の行動で、意味が有る筈だと信じているから、タクトは戦い続けると決めたのだ。
「……そんなこと言って、本気にするぞ」
スガタは一度ゆっくり琥珀を瞬かせると、絡められた指先に僅かに力を込めて苦く微笑んだ。しょうがないなと、ワコやタクトの子供っぽい行いを窘める時の表情に似た穏やかさに、タクトも緊張を解いて笑みを浮かべた。
「本気にしてくれなきゃ困るよ」
嘘なんて必要ない、信じられるまで言葉にしてあげる。
スガタの夢が覚めるまで、この手を離さずきみの隣で笑うから、どうか早く気付いてほしい。
恐れることなど何もない。求めれば、手を伸ばせば叶う想いもあることを。
「――そうだ。ね、スガタ」
「うん?」
「いつかさ、雪、見に行こう」
簡単に溶けてしまわないくらい、深く降り積もる白銀の世界を。
きみと見れたらきっと素敵だと、二人顔を見合わせて小さく笑った。


融けない想いをきみにあげる



「雪+シリアス」南十字島に雪って降るのかなーという所からやっぱり沖縄って降らないのかとか鹿児島は場所によってなのかとか調べてて、気付いたらこんなお話に落ち着いていました。すごくありがちで申し訳ない気持ちになりつつ…東りな様、素敵なリクエストありがとうございました!そっとサイトにもお邪魔させて頂きますっ。
@11-0123

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