「ここまでで大丈夫。ふたりともわざわざ送ってくれてありがとうね」
ふんわりと笑みを浮かべて実家である神社への階段を上っていく少女を、その姿が小さくなるまで見送った。夕飯をご馳走するというスガタの言葉に甘えてひとしきり食事を堪能した後、夜道は危ないからとタクトとスガタでワコを送ることになったのだ。
楽しい時間はあっという間に過ぎてしまう。
そんな一抹の寂しさを感じながら、タクトは寮のある方角へと足を向けた。ここからだとシンドウの屋敷とは間逆になるからスガタともここでお別れだ。
「じゃあ、僕も帰るよ。きみも帰り道気をつけて」
ごちそうさまでした、と軽く礼をして歩き出そうとしたタクトを留めるように袖を引かれ、驚きに目を見開きその原因を辿る。当たり前だがここに居合わせているのはスガタだけで、タクトを引き止めているのも確かめるまでもなく分かりきっている。
「? ……なに、」
「ねえ、タクト」
タクトの疑問を遮るようにスガタがぽつりと話しだす。
そういえば今日はいつもより口数が少なかった気がすると、夜闇に溶けるように響くスガタの声を聞きながらタクトは一日を振り返った。もとより饒舌な人間ではないと思っていたが、それでも今日は特に。
「いつになったら名前を呼んでもらえるのかな」
「……え」
「ワコは名前で呼ぶのに僕のことはいつも他人行儀じゃないか」
それともただ嫌われているだけ?
どこか悲しげに細められる琥珀の瞳に慌ててタクトは首を左右に思い切り振った。
そんな風に捉えられるのはタクトとしても不本意で、ワコもスガタも命の恩人であり島に来てからの最初の友達で大切な人たちだ。嫌っているわけでもなければ他人行儀に接しているつもりもタクトには一切無い。
「っそんなことあるわけないだろ! きみもワコも大事な友達なんだから」
「ほらまた“きみ”って言った」
「ぅあ……ごめん…」
多分もう癖になってるんだーと口を押さえて項垂れるタクトを見つめスガタが小さく笑う。
「スガタ、だよ」
「わかってる……」
まるで子供にでも言い聞かせるように自身の名を紡ぐスガタにタクトはもごもごと口篭らせた。本人を前にこうして改めて名を呼ぶというのはどうにも気恥ずかしいものがある。
ワコの時のような非現実的な空間での出来事とはやはり違うのだから。
「す…スガタ…?」
穏やかさの中に僅かに急かす雰囲気で見つめてくるスガタを前に、不自然に上擦った声で疑問系のようになってしまいつつもなんとか口にする。
名前を呼ぶだけだというのに意識してしまうとひどく緊張した。
「はい、よくできました――と言いたいところだけどまだちょっと硬いな」
眉を下げて苦笑するスガタはそれでも満足そうに見えて、タクトはほっと胸を撫で下ろした。
(うまく言えるまで何回も言わせられるのかと思った……)
「まあ名前なんてこれからいくらでも呼んでもらえばいいしね」
「っ!!」
タクトの考えていることなどお見通しだと言わんばかりに鈍く輝く青い瞳がすっと細められるのを、タクトはどこか気の遠くなる思いで見つめるのだった。


その名前をあと何回?



気付いたらスガタのことを名前で呼んでいたので、勝手に本編補完の名前呼びネタ。
@10-1123

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