四方の巫女である少女を――大切な友人であるワコを、この異質な束縛から解放する。
その願いにも似た決意は、けれど彼女にだけ向けられたものではないのだと、彼は気付いているのだろうか。

「珍しいな、こんな時間に会うなんて」
日も落ちかかり人気のないバス停で、缶ジュース片手で手持ち無沙汰にベンチに腰掛けるタクトにそう声をかけたのはスガタだった。まさか会うとは思っていなかったタクトも驚いて僅かに目を見開きスガタを見上げた。
「……それはこっちのセリフだよ。どうしたのさこんな遅くまで。ちなみに僕はイシノ先生の課題の提出……あっ僕のじゃないからねっ?」
「別に疑ってないだろ」
なにやら必死で訂正を促すタクトにスガタが肩を竦めて見せる。
今日は部活も無く、放課後は珍しく3人別行動となっていた。ワコは祖母に用事を頼まれているからと残念そうに帰っていき、スガタは気付いた時には教室に居らず、タクトもヒロシの提出期限をとっくに過ぎた課題に付き合わされて今に至る。ほんとーに頼む! 一生のお願い! と切羽詰った様子で言われてはタクトとて断れない。明日の昼食を奢ってもらうことで了承したものの、まさかここまで遅くなるとは予想外だったが。
「それはご苦労だったな。僕は剣道部の模擬試合に呼ばれてね」
「へー、さすが古武術の師範代ともなるとそういうのに呼ばれたりするんだなあ。確かにスガタ強いもんね、形も綺麗だし」
素直に尊敬の眼差しを送るタクトの隣に腰を下ろしつつスガタが苦笑する。その手の賞賛には慣れていても、なんの含みもなく真っ直ぐに向けられるタクトの言葉にはスガタも擽ったさを感じるようだった。
そうして、穏やかな表情で隣に座るスガタを横目にタクトも心地好い空気を楽しむように缶に口を付けた。一日を過ごし少し着崩れてしまっているタクトの制服とは逆に、未だきっちりと着こなされているところが彼らしいとタクトはこっそり思う。
この自分とは正反対でどこか似ている友人も、巫女である彼女と同じく縛られた存在だ。望まずとも持ち合わせた力の強大さゆえ、普段から自身を厳しく律している。それは自分の為でもあり、彼を気に掛けるワコの為でもあり、周囲の人間を傷付けない為でもあるのも知っている。
けれど、それで抑え付けられているであろうスガタの本当の感情を思えば、彼のその行動はタクトにとって喜ばしいものではなかった。
きっと彼にだってやりたいことがあるはずだから。そしてそれを叶えるだけの力を持っているはずだから。スガタにも、この閉じられた世界から自由になってほしいのにと。
そう願わずにはいられなかった。
「ねえ」
視線を足元に落とし缶に口を付けたまま話し出したタクトにスガタが視線を向ける。下を向くタクトの顔は、落ちかける夕日と長めの前髪に陰ってよくは見えない。けれどその声色は真摯で、スガタは口を挟むことなく続きを待った。
「スガタはさ、島を出て何かしたいこと、ないの?」
全てのサイバディを壊して、それらを守る封印も王と恐れられる力も意味を失くした後。シルシという宿命から解放された時、彼は何を望むのだろうとずっと考えていた。
ワコのように将来の夢を話すでもなく、どこか現状に諦めたような目をしている彼が何を望むのかと。
それはただの好奇心のようでいて、未だ見ぬ彼の本心を知りたいという純粋な欲求だった。
「……そう……だな。別に島を出ようとは思ってはいないよ――今はね」
「今は?」
曖昧に告げられる答えにタクトが顔を上げると、真っ直ぐに見つめてくる薄茶色の瞳とかち合った。
そこには憂いも諦めも見えない。穏やかな色でタクトを映している。
「昔は外の世界に憧れたりもしたけど」
穏やかに弧を描く口唇が、ゆっくりと言葉を紡いでいく。その間も視線は絡まったままで、タクトは続くスガタの声に耳を傾けた。
「――でも、今は、タクトがいるから」
「……え」
驚くタクトに不意に手が伸ばされて、紅い髪を一房撫でるように指を滑らせていく。優雅にすら感じるその動作に、まるでお伽噺の王子様だと一瞬我を忘れてタクトはその指先を追っていた。
「タクトが居るなら、僕は一生ここでも構わないよ」
たとえシルシに囚われたままでも、君がそばに居てくれるならそれでもいい。
言葉とともに放された髪が熱を持ったような錯覚に陥る。何を言っているんだと問いたいのに、うまく口を動かせない。
けれど、目の前の青髪の少年は冗談を言っている風ではなく、ただタクトだけを見つめていた。

自由になってほしいと思っていた。
人並みの将来や夢を望めればいいと願っていた。
なのに、彼をこの世界に繋ぎとめていたのは――自分の方、だったのだろうか。


君を繋ぐ枷



なんだか中途半端に。こう無意識下で依存してそうな関係が好きです。
せっかくの日付的にクリスマスとか関係なくてすみません。
@10-1225

モドル
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