部活動の夏の恒例行事といえば合宿、である。 主に運動部が行うものというイメージが強いが、部長曰く格闘技だと主張する芝居を主眼としている劇団「夜間飛行」も例外ではなかった。夏休み中、部室のある古ぼけた木造校舎の空き教室を利用して行われるのだが、男女混合での合宿などここぐらいのものだろう。 思春期の少年少女が顧問の監視も無い中で夜を共にするなどまずありえない。そんな異例が許されているのは、顧問である学園長公認であることもあるが、サリナを始めとした部員たちの平素の行いの賜物とも言えた。 ということで、合宿、なのである。 こてんと肩にかかる重みにスガタがそちらを伺うと、落ちそうな瞼でぼんやりとしているタクトが頭を預けるように寄りかかってきていた。眠気と戦っていますと言わんばかりの様子で、触れた部分から伝わる熱は常より温かい。 「おや〜タクトくんはもうおねむですか〜」 からかうようにワコがタクトの頬を突付くが、当のタクトは「……うぅん」と消え入りそうな声で肯くだけで精一杯らしかった。そんなタクトにサリナやジャガーも興味を引かれたようで、ワコと一緒になって頬を突いてみたり頭を撫でてみたりして反応を楽しんでいる。 「まだ十時まわったくらいなのにねえ。これで銀河美少年が務まるのか不安になるよ」 綺羅星が動くのは夜の方が多いんだろう? とサリナが苦笑する。 「でもすっごく可愛いですよね! 元から美少年ですけど、こう気だるげな色気というか……そう思いませんか、坊ちゃまっ」 「なんで僕に振るのかな……?」 タクトが可愛いなんて今に始まったことじゃないだろという言葉はぐっと飲み込んだ。 美少年に関することになると些か興奮気味になるジャガーはまあいつものことだが、眼鏡を妖しく光らせタクトを観察する様は正直怖い。その隣に佇んでいるタイガーは最早諦めているのかそんな彼女を諌める気も起きないようだった。 「眠いなら先に寝ていてもいいんだぞ」 未だテンション高く話に花が咲く女性陣を待っていては就寝できるのもいつになるか分からない。 ぽんぽんとタクトの肩のあたりを叩いてその顔を覗き込むと、うとうととまどろむ紅い瞳がスガタを捉えてゆっくりと瞬く。いつもの太陽のような明るさはすっかり鳴りを潜め、意外に長い睫毛が表情を無くした顔に影を落としていて随分と雰囲気が違って見える。 可愛い、というより綺麗、かな? などとタクトを見つめ微笑むスガタは完全に油断していた。 不意にタクトの手がスガタのシャツの襟を掴み、距離を詰め――視界が閉ざされるような錯覚と、口唇に触れる柔らかくしっとりとした感触。先程感じた彼の体温と同じ少し高めの熱が直に伝わってくる。至近距離には、伏せ目がちに潤む紅が見えた。 ――それは多分、ものの数秒の出来事だったのだろう。 重ねられたまま「スガタ」と微かに刻む唇の震えに、それがキスだと脳が認識する前にシャツを掴むタクトの力が緩み、唇が離されたかと思うとそのままタクトは力無くスガタに凭れかかった。 間もなく耳に届いてきたのは規則正しい呼吸音、そして一瞬の沈黙。 「…………」 「あー、シンドウ・スガタくん?」 「…はい……」 「つかぬ事を聞くが、ファーストキスは体験済みかな?」 「…………ご想像にお任せします」 一連の事態を目の当たりにしてきゃーともぎゃーともつかない歓声を上げるジャガーたちをよそに、サリナがスガタと彼に身体を預け眠るタクトを見遣りくすくすと笑う。役得だったなと呟くサリナにはきっとスガタの想いなどとっくに知られているんだろう。 それでもずっと、この先も誰にも言わずに秘めていようとした感情の堰をあっさり壊しにかかったタクトを恨みがましい目で見つめ、スガタはどうしてくれようかとひとり考えるのだった。 眠り王子のくちづけ 本人は覚えていないのが定番!というお話。 寝惚けてるタクトが書きたかったのとちゅーしてるのが書きたかったのが一緒くたになりました。 @10-1215 モドル |