*チョコレートを君に*


朝のホームルームが始まる少し前、学校に着き教室へと向かう。自分の席に鞄を置き、コートとマフラーを外しながら、隣の席のクラスメートに声をかける。

「福井おはよー」
「おお」
「朝練終わったの?」
「まあな」

脱いだコートをマフラーと一緒に教室の後ろの自分のロッカーへとなおしに行き、席に戻って鞄から教科書や筆記用具を出していると、隣でなんだかそわそわと変な動きをする男が視界に入った。

「どうしたの?落ち着きないけど」
「いや…だってもうすぐあれだべ?」
「あれ?」
「ほら、『バ』で始まって『ン』で終わる…」

ああ、そういえばもうすぐバレンタインだっけ。バスケばっかやってても、そういうの気にするってやっぱり男の子だなあ。彼女欲しいとか思ってんのかな。

「ばいき○まん?」
「ハッヒフッヘホー!…じゃなくて!」
「私ウインナーはバイ○ルンが好き」
「んなこと聞いてねーし」
「あ、そういや今朝バル○ン焚いてきた」
「どうでもいいわ!」
「バームクーヘン食べたい」
「俺も食いたいけど!」

そうじゃなくて!と焦る福井がなんだか面白くてつい意地悪をしたくなるが、あまりからかうのも可哀想なのでこの辺で止めておこう。

「冗談。バレンタインでしょ」
「お、おう」
「あんたもやっぱ彼女欲しいとか思ってんの?」
「んー…彼女欲しいっつーかチョコが欲しいっつーか…」
「どう違うの」
「いたらそりゃ嬉しいけど別に彼女欲しいとまでは思ってねーし、チョコは貰えないより義理でも貰えた方が何倍も嬉しい」
「貰ったらその分お返し大変だよ」
「まあ、そりゃ仕方ねーべ」

苦笑を浮かべる福井を横目に、ちょうど担任が教室に入って来たので出していた携帯をポケットに直した。担任が出席をとってる最中、小声で「なあ、三倍返しってまじ?」と訊ねてきた隣の男には、何も言わず笑顔を向けておく。



なんだかんだ言って福井へのチョコを用意してしまったバレンタイン当日。毎年父に作っているからそのついでだと自分に言い聞かせ、義理にしては少しばかり包装を凝ってしまったチョコの包みを、いつ渡そうかなと机の中に入れる。ふと周りを見渡してみると、他のクラスメートの男子たちも朝からなんだか落ち着きがない。チョコ貰えるといいね。

「まいー!」
「はいはーい」

名前を呼ばれ声の方に視線を向けると、数人の女子が集まり友チョコという名のお菓子交換会が開かれていたので、昨日同じくついでに作ったお菓子を持ち自分も集団へと加わった。

HRギリギリで教室に現れた福井にこっそりどうだったか訊ねてみると、まだチョコレートは貰えていない様子。あまり人前で渡すのも恥ずかしいので、奴が一人になった時にでもこっそり渡そうかな。そんな事を思っていると、隣から「机に入ってねーかな」と聞こえてきた。…その手があったか。

結局渡せないまま昼休みに入ってしまい、ほんといつ渡そうかともやもやする。昼休みと言っても人の多い教室で、福井の机にこっそりとチョコを忍ばせる勇気は今のところ持ち合わせていない。少し気持ちを落ち着かせようと廊下に出て窓の外を眺めていると、直ぐ真下に件の人物がいた。その男の向かいにはなんだか可愛らしい女の子。この状況はもしかして。なんとなく興味本意で窓を開けて二人の様子を眺めていると、案の定、女の子が小さな紙袋を福井に差し出していた。ここからだと二人の会話は聞き取れないが、時折何度も「まじで!?」「いいの!?」「ほんとに!?」と福井の叫ぶ声が聞こえてくる。その声だけで、本命なんだというのがわかった。なんだか少し胸が痛い。本命のチョコが貰えたんなら、私の義理チョコなんて要らないだろうな。帰ったら自分で食べよう。
なんだかわからない胸の痛みに首を傾げながら窓を閉めて教室に戻ると、ちょうど昼休みの終わるチャイムが鳴った。



放課後になりほとんどの生徒が部活に向かう中、教室に残っているのは少しでも長く残ってチョコを貰おうと淡い期待を抱いているであろう男子数人。そんな男子たちと一緒に、帰るのもなんだか面倒だった私は同じく教室に残っていた。無駄になってしまったチョコの包みを机に置き、その横に自分の体を預けながら昼休みの光景を思い出す。相手の女の子、可愛かったなあ。遠目からでもどことなく二人がお似合いだというのがわかった。福井、あの子と付き合うのかな、彼女いらないとか言ってたくせに。昼休みに感じた胸の痛みがまた押し寄せる。目頭が熱くなり涙が出るのをこらえるためにぎゅっとまぶたを閉じた。自分で食べるくらいならいっその事ここにいる男子にあげようかな、そう思い体を起こした時、教室の扉が開かれた。

「あれ、今井まだ残ってんの?」
「まあね。福井は?」
「ちと忘れ物」

気がつけば誰もいなくなっていた教室に、私と福井の声だけが響く。後ろのロッカーから少し大きめの袋を取り出した福井は、そのまま私の前の席にこちらに体を向けて腰掛けた。

「これチョコレート?」
「うん」
「…俺のは?」
「は?」
「俺の、ねーの?」

何を言ってんだこいつは。あんたにはあの子から貰ったチョコがあるじゃない。本命貰ったんなら私からの義理なんていらないでしょーが。
頬杖をつきながら気づかれないように小さく溜め息をつき、そっぽを向くように窓の方へと視線を向けた。

「俺お前から貰えると思ってチョコ全部断ったんだけど」
「は!?なにそれ」

福井の言葉に耳を疑い、思わずそらしていた視線を奴に向ける。断ったってどういうこと?でも昼休みのあれ、受け取ってたよね?待って、意味わかんない。

「だから、お前からのチョコ期待してたんだっつの」
「別に私あげるなんて一言も言ってないし」
「それは俺が勝手に期待してただけだけどさ…」
「でも私見たよ?昼休み、あんたがチョコ受け取ってんの」
「あーあれか」

そうだよあれだよ、あれはどう説明すんのさ。少しばかり腹が立ち、目の前のこの男の言い訳を聞くためにもう一度頬杖をついていると、奴は何かを思い出したかのように急に腹を抱えて笑いだす。

「どうしたの」
「いやあれな、岡村にって渡されたやつ」
「は、え!?まじで!?」
「まじまじ。俺もびっくりして何回もほんとにいいの?って聞いちゃったしよ」

なんだ、そうだったのか。私の早とちりだったんだ。安心してほっと胸を撫で下ろし、思わず顔が緩んでしまった。

「どした?変な顔して」
「んーん、何でもない。それよりさ、これ食べる?」
「いいのか?」
「もともとあんたにあげるつもりだったやつだし」
「なんだよ結局俺に用意してんじゃねーか」
「うるさい」

どうぞ、と差し出したチョコを福井が開けると、お前も一緒に食おうぜ、と机の真ん中にそれを置いた。一緒に食べたトリュフチョコは、とてもとても甘く感じた。


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