チェリーボーイズ | ナノ




 

 落ち着け、俺。
 大丈夫、まだ希望はある。誰かが拾ったとは限らないし、もし拾われてたとしてもその人が中身を見るようなひとでなければ大丈夫なのだ。

 一番最悪なのは、メモ帳の内容に関して脅され、無茶な要求をされてしまう事だ。
 それだけは避けねばならないが、これはもう運にかけるしかない。


 とりあえず、思い当たる場所をしらみ潰しに探して行こう。


 邪魔になるから、貴重品だけ持ってあとの荷物はここに置いといて、

 ──ギャハハ!!
 ──マジカヨーww

 突如教室に笑い声が響く。


 騒がしさが増した斜め前に視線をむけると、未だに佐藤美桜《さとうみおう》+αたちが帰る様子もなく和気あいあいと話していた。
 先程の笑い声はそちらから発生したのだろう。

 それにしても話題が尽きないねあんたら・・・。四六時中喋ってんのにな。


 ふと、そのうちの女子ひとりが、惜しげもなく自身の胸を佐藤美桜の腕に当てつけてるのが見えた。
 そしてそれを、周りにいる他の女子たちが佐藤美桜の見えないとこで睨みあげてる。

 おぅ・・・やっぱモテるんだな、佐藤美桜って。


 残念ながら俺は彼らより後ろの席にいるため、姿勢よく座ったままの彼がどんな表情をしているかは、こちらから伺えない。

 きっと田中が見たら発狂しそうな状況ではあるが、わざわざ教えてやる義理もなければ、時間すらない。


 そうだ、俺には時間がないのだ。
 バイトまでの猶予もそうだが、急げば急ぐほど俺の平穏な未来への可能性は大きいのだ。


 えっと・・・確かに昼休みには手に持っていたはずだから、失くなるとすればその後からだよな。

 一旦、山田《やまだ》に聞き込みした便所付近から探すか・・・。


 俺は財布とケータイをポッケに入れて立ち上がり、急いで教室を出た。





 その後ろ姿を綺麗な対のアンバーが見送っていた事には、もちろん気づくはずもなかった。





──────────────
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───



 現在地、理科室前廊下。
 俺はさきまでこの辺りを、奇異な目線に晒されつつ必死で這いつくばってメモ帳を探していた。

 午後4時半をすぎてしまった今、周りに人はいなくなった。
 俺はひとまず休憩しようと、近くの壁に凭れて座る。



 結果として、メモ帳は見つからなかった。

 思いつく場所全てを回ったが、どこにもない。
 最有力候補の、橋本さんとぶつかってしまったあの曲がり角付近にも落ちていなかった。

 最悪だ・・・もうこれ以上は時間がなくて探せない。
 こんなに探して見つからないのなら、もう拾い主が存在してるだろう。

 あぁ、俺の明るかっただろう明日よ、さようなら・・・

 絶望に陥った俺は、三角座りになり膝の間に顔を埋めた。


 しばらくそうしてると、不意に某パン系ヒーローのテーマソングが流れ出した。

「ん?電話・・・店長からだ。」

 俺のケータイが着信を告げたので開くと、画面に表示されたのは『店長』の文字。ちなみに俺は未だにガラケーである。


 というかさっきメールも来たのに、今度はなんだろうか。
 通話ボタンを押してもしもし、と応答すると、少し慌てた店長の声が錦《にしき》くん!、と俺を呼んだ。


「え、はい、どうしまし──」
『錦くんっ!!わ、悪いんだけど、今こっち、ちょっと立て込んじゃってて・・・!!
 今日、は、もう店閉めちゃうから、本っ当っにっ申し訳ないんだけど、バイト、お休みでお願いしってもいいかなぁ?!』
 
 若干息切れ気味の店長は、俺の問いかけを遮ってつっかえつつもそう言った。


 ちなみに俺は、この店長が経営してる喫茶店でバイトをしてる。

 何を小洒落たとこで働いてるんだ!と思うかもしれないが(既に田中にはそう言われた)、前に道端で蹲《うずくま》ってた彼を介護して、そのままの成り行きで働かせてもらっているといエピソードがある。


 それより、俺としてはむしろ今日休みになる方がとても有り難い。
 失せ物探しが延長できるからだ。


 それにこんなに慌ててる店長も珍しいしな。


「はい、全然大丈夫です。」

『もう!ほんとにありがとぉぉ!!この詫びはきちんと返すからねっ!』

「いや、いいですよ。俺もちょうど用事出来たんで、こちらこそ有り難いですから。」

 しかも結構重要な案件だ。俺の未来がかかってる。

『ああああ!いい子!いい子すぎるよ錦くん!!大好き!!!』

 ハハッ
 つい、明らか愛想笑いっぽい声が出てしまったがご愛敬だろう。
 まぁ店長がテンション高いのはいつもの事だからな。
 慣れてしまったこちらとしては、適当に流す術を身につけざるを得なかった。


 じゃあごめん切るね!また次のシフトでね!
 店長はそう言って早々に通話を切った。

 何故そんなに慌ててるのか気にはなったが、忙しそうだし、それこそ次のバイトの時にでも教えてくれるだろう。

 どちらにしろこれで探す時間が増えた。
 未だメモ帳が見つからないことに絶望はしたが、希望はまだ捨てていない。


 ただ、もう一周してそれでも見つからなければ今度こそ潔く諦めよう。
 時には諦めも大事。未来が暗くても進むしかないのだ。


 俺はケータイをポッケにしまい、よっこいしょ、と立ち上がる。

 ──否、立ち上がろうとした俺の目の前に、突如誰かが立ちはだかったため、中途半端な体勢になってしまった。


 電話に夢中だったからか、誰かが来ていた気配すら感じなかった俺は内心めちゃくちゃ驚いていたが、幸いにも奇声をあげずに済んだ。

 一体誰なんだと恐る恐る見上げれば、そこには予想だにしなかった人物がいた。



「さ、」



「やあ、錦桃也くん。少しお話したいんだけど、時間大丈夫かな?」


「さとう、みおう・・・」


 そう、そこに立っていたのはあの佐藤美桜、本人だった。

 今日ずっとあれだけ近づけなかったのに、まさかあちらのほうから来てくれるとは・・・。



 ただ、心臓に悪いからもうちょっと普通に登場して欲しいと思うのは、俺の我儘《わがまま》だろうか。


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