短編 | ナノ
 
 学級日誌



 火曜日の放課後。西日のさす教室。ふたりきり。

 閉じた窓の外から、運動部の掛け声や笛の音がここまで聞こえてくる。

 窓際の俺の後ろの席に座っている親友がせっせこと日誌を書いている音と、 俺の雑誌を捲る音。

 椅子に横座りで組んだ俺の足の上に雑誌が頓挫し、斜め読みしているのだが内容はひとつも頭に入ってこない。ずっと他のことを考えているためである。

 ・・・言おうか、言わまいか。

 意味もなく次のページを捲って数秒、やっと決心し、それでも緊張で視線を上げれず、下を向いたまま口を開いた。


「・・・お、俺さぁ、悩み事っつーか相談っつーか・・・話聞いてほしいんだけどさ」

 雑誌を見つめたまま、言葉を紡ぐ。声が震えそうになるが頑張れ俺。

 あくまでいつも通りに。焦らず。


「・・・なに。」

 目の前の親友は書く手を止めず返事する。



「えっと・・・俺、好きなやついるんだけどいつもとは系統が違う感じでさ・・・」

 ちらりと少し、右を盗み見る。
 夕日で少しオレンジがかった黒髪の旋毛が見えた。

「へぇ。」

 あまり興味なそうな親友は、適当に相槌をうった。
 これでも一応、真面目に聞いてくれているということは、2年も友達をやっていれば分かることである。

 俺は目線を、日誌を書き続ける親友の手へと落とす。白く長く、少し骨張った細い手が、性格に沿わず驚くほど繊細な字を綴ることも、出会ってすぐに知ったことだ。


 目を雑誌に戻して、俺は言葉を続ける。


「ほら、俺の歴代彼女って乳でかい女の子ばっかだったじゃん?てかそれが俺の好みだったんだけどさ」

「へぇ。」

「でもそいつ胸は平らだし、俺の今までの好みとは随分かけ離れてるんだわ」

「ふーん。」

 もう一度、今度は顔ごと親友の方を向く。
 垂れてる前髪のせいで表情は見えづらく、手は止まる気配がない。


「・・・自分でもいつから、とか分かんねーけど、今とてつもなくそいつのこと好きで、さ、」

 俺は親友の旋毛を見つめたまま言う。

 親友は一瞬手を止めたがすぐに再開した。


「・・・・・」

「・・・・・で、結局何が言いたいの?お前は。」

 少しの沈黙の後、親友は冷たい口調で先を促す。他人には無口なこいつが実際棘のある性格をしてるのも、親友である俺はきちんと把握している。


 俺はひとつ呼吸を置いて、続けた。

「うん・・・その、さ。俺が好きなやつって実は男で、・・・つか今目の前にいるんだよね。」


 ・・・言った。言ってしまった。

 らしくなく悩みに悩んだ末、今日こそはと朝から意気込んできたがなかなか勇気が出ず、今ようやく言うことが出来た告白。やっとである。一先ず呼吸ができた。
 自分でもキザなセリフだとは思うが、これくらいは許して欲しい。


 しかし、だ。まだ安心してはいけない。


 俺はじっと親友の反応を伺い見る。

 親友は俺の告白を聞いて日誌を書き続けていたが、しばらくしてトン、と芯をしまってシャーペンを置いた。

 書き終わったのかと日誌を見れば、きちんと最後の行まで書かれてあった。


 こいつ変に真面目なとこあるからなぁ

 まぁそんなとこもす、好き、だけどさ・・・


 とかなんとか考えてる間に、親友はさっさと片付けてカバンと日誌を持ち、椅子から立ち上がった。そしてそのまま教室の後ろ側のドアへ向かって歩き出す。


「・・・・」

「・・・・え。えぇ!・・・ちょ、ちょっと待って!なん、何か言いたいこととか、ない、の・・・?」

 俺は慌てて雑誌を机に置いて立ち上がり、呼び止める。後ろに引いた椅子が壁に当たってものすごい音がしたが、この際気にしていられない。


「一応今の、告白、だったん、だけど・・・」

 自然と言葉が尻すぼみしてしまう。
 何を言われても覚悟の上だったが、さすがに何も言われず何事もなかったかのようにされるのは辛いし寂しい。

 親友はすでにドアのところに着いて、廊下に出る寸前でゆっくりと体を顔ごと俺へ向けた。



「・・・じゃあ、言わせてもらうけど」

 少し遠いがそれでも顔ははっきり見える。目にかからない程度の前髪から覗く垂れた目がまっすぐ俺を射抜く。今まで変化のなかった表情は、眉を顰め不機嫌さ丸出しだった。

 少し、身構える。


「・・・今のが告白だって言うんならもっとマシなこと言えないわけ?ムードの欠片もねーし。どーせ今まではそんなんで簡単に恋人できたんだろーけどあいにく俺はそんなんじゃ全っ然、これっぽっちも───ドキドキしねぇから。」

 親友は一息にそう言うと元の無表情に戻り、踵を返して1歩外へ踏み出した。


 あぁ・・・振られたのか、俺。


 怒気を含んだ親友の発言からもう無理だと諦めた俺は、不覚にも涙目になってしまう。
 しかし、まだ教室を出ていなかった親友がドアに手をかけて肩ごしに振り向き、さらに何かを言おうとしたため急いで目元を拭く。


 うぅ・・・またキツイこと言われるのか────





「こっちは一目惚れだっつーの」

 いつもと変わらない声音で、顔色を変えることもなく言った親友は、何事もなかったかのように廊下へ歩き出して行ってしまった。

 ・・・え、え?、とよく回りもしない頭をフル回転させ、何度も親友の言葉を反芻するが理解が追いつけない俺。

 否、言葉の意味は分かるのだが、如何せん一緒に過ごしたこの2年間、全くそんな素振りも見せたことのない親友に、頭が少しばかり混乱しているのだ。

 否、とにもかくにも今すべきことは一つ。

 俺は慌てて自分の荷物を引っ掴み、ガタガタと何度か机や椅子にぶつかりながらも、親友を追いかけるべく教室を飛び出した。


 意外にも──本人に言ったら睨まれそうだが──待っていてくれたらしい親友は、飛び出てきた俺を数歩先で見ていた。その顔はどこか不服そうで、拗ねているようにも見えた。

 いつもの顰めっ面や無表情とはまた違うその表情も可愛いなぁ…

 だとか未だに混乱してるらしい俺は頭を振りかぶり、歩き出した親友を追いかけながら、その背中に向かって叫ぶ。












「一目惚れとか聞いてねーよ!!」



「うっせ死ね。」






[*前] | [次#]

back main book
mark
 
page
top