祓魔師パロ15 | ナノ


重い。でも軽いものが、火神の体にしがみついていた。熱くも冷たくもなく、ただ存在している。火神はまだ重たい瞼をゆっくりと開けた。前にもこんなことがあったような。ベッドに寝ている自分の脇に、ベビーブルーが見えた。

「………黒子」
「おはようございます火神くん」

いつも通り、丁寧な挨拶が返ってきた。ただ、黒子はうつ伏せになり火神に顔を向けていないので、どんな表情をしているのか彼にはわからない。

「おい」
「なんですか」
「どうして、またへばりついてるんだ」
「………」

黒子は答えずに、火神にくっつき続ける。

「かがみくん」

黒子の右手が火神のTシャツを握った。

「ありがとう、ございます」
「は?」
「僕はもう、キミには笑いかけて貰えないと思っていました」

黒子の肩は、うっかりすれば見逃してしまうほど微かに震えていた。火神は昨日までのあれこれを思い返し少しばかり悩んだが、やはりそれは大袈裟だなぁと苦笑した。

「なんでそうなるんだよ」

火神が優しく訊ねると、黒子は一度、きゅ、と唇を結んだ。

「僕はキミに嘘をついたから、」
「…黙ってただけ、なんだろ?」

からかうように言うと、黒子はまた縮こまった。火神はなんだかおかしくなって、くっくと笑った。何故だか段々と愉快な気分になって、まだ起床には早いが火神はベッドから起き上がった。半分乗っかっていた黒子がずるりとベッドへ滑り落ちる。

「取り敢えず、朝飯にするぞ」

火神はぐっと一度伸びをすると、キッチンへのっしのっしと歩いていった。黒子もむく、と起き上がり、ベッドの上にぺたりとあひるのように座った。部屋から出ていく火神の背に向けられた空色の瞳が、眩しそうに薄く細められた。



白米が山盛りの茶碗と小さく盛られた茶碗、大皿にのせられたやはり山盛りの肉が多めの野菜炒め、カップには即席コンソメスープ。それら全てを空にした後は二つのマグカップにそれぞれコーヒーとココアが注がれた。

「ココアは甘くて好きです」
「エスプレッソと混ぜてもうまいぞ。モカジャバっつーんだけど」
「今度是非飲んでみたいですね」

黒子はふふ、と笑みを漏らした。火神はコーヒーを一口飲むと、急に真剣な目をした。

「なぁ黒子、黄瀬とかいう、あの悪魔の話なんだが」

途端、黒子は表情を固くした。

「………火神くん、僕は今日、ちゃんと祓魔事務所で姿を現すつもりですよ。ここは結界も引かれていませんしその時に話を、」
「あー…結界なぁ」

そういえば事務所で話をするときも張ってあったか。火神は席を立つと奥の部屋、主に祓魔に用いる道具を収納している部屋へと入っていった。再び黒子のもとに戻って来たときには聖水のタンクを右手に引っ提げていた。火神はその中身を惜しむことなくじゃばじゃばと撒いた。フローリングがひたひたになっている。黒子は呆気にとられて、何も口を挟むことができなかった。

「うーん、やっぱ強度が足りねぇなぁ。塩でも盛るか?"やまと"だとよくやる手法なんだろ」

火神は今度は台所へと向かう。そして塩を持ってくると、かなり乱雑に、しかし規則的に塩を配置した。

「……頑丈な結界になりましたね…」

水と塩でぐちゃぐちゃになったダイニングを見て黒子はため息をついた。火神の適当なやり方でどうしてこうも威力の強い結界が作れるのかと不思議な気分になった。

「水戸部さんのには負けるけどな。――で。俺が何よりも先に聞きたいのは黄瀬涼太とかいう奴のことだ」

火神はもといた椅子に戻る。背中を背もたれにべったりつけ、黒子を見下ろした。

「黄瀬くん、ですか」
「アイツはレヴィアタン………"キセキ"の嫉妬で合っているのか?」

黄瀬を倒すために火神に教えた旧約聖書の一説には"レヴィアタン"という単語が含まれていた。教えた時に黄瀬が何者であるかはすぐに知れてしまう可能性が高いことはわかっていた。黒子は静かに頷いた。

「えぇ、そうです」
「だとしたら、どうして俺らはアイツを追い払うことができたんだ。マトモな武器のなかった俺たちが敵うような相手じゃないだろう。そもそも、どうやって勝ったんだか、」
「…黄瀬くんは、人間の姿のまま戦っていたでしょう?彼は自分の本来の姿を嫌い、滅多にその姿に戻ることはありません。そして、自分の姿を保つために自分の力の多くを割いています」

火神は理解ができない、と微妙な顔をした。

「それで助かったってのはわかるが…でも、どうしてそんなことに…そんなに執着しているんだ?」

黒子は目の前のココアに視線を落とした。

「"キセキ"の彼らは悪魔の筆頭に等しい方々です。それぞれが強大な力を持っています。しかし、おそらくはその代償として彼らは彼らの冠する感情や欲望に常にさいなまれるようにできているんです」
「黄瀬は…」
「消滅はしていない筈です。……また来るでしょう」

やけに断定的な言葉を聞いて、火神は思わず訊ねる。

「どうしてわかるんだよ?」
「…僕が、"無知"だからです」

黒子は自分の胸元に手をあてた。





事務所で黒子の話を聞いて、日向は腕を組んだ。

「……………………まじか」

黒子が実は大物であったから、まさかとは思ったが、黄瀬涼太が"キセキ"だったとは。"キセキ"の強大な力を持ったが故のルールというのも初耳で、こんがらがって頭が痛くなりそうだ。

「とりあえず、気持ちはわかるけどそういう話は事務所でしてくれ。あまり、情報を流したくない」
「一応結界は張ったっすけど…ウス」
「じゃあ、他の奴らにも話はしておくよ」

日向は筆を持ち、札を作る作業に再び戻ろうとした。仕事の邪魔をするのは嫌だったが、火神は先に頼んでおこうと口を開いた。

「時間がある時で良いんすけど…。水神討伐、どうやったんだ、ですか?話だけでも聞いておきてぇ、です」

黄瀬との戦いにまつわるあれこれで話を聞く暇がなかったことを思い出したのだ。火神がこの先祓魔を行うのに、討伐の経験は出来なくとも代替のことはしておきたかった。

「ん?ん〜〜〜〜…それがなぁ…」

日向の返事ははっきりしない。日向は困ったようにぽりぽりと頭を掻いた。

「動いたの水戸部くらいで俺らほとんどなにもしなかったんだよな…」
「は?」

大掛かりな祓魔になると聞いていた火神は、間抜けな声を出していた。


力の代償



20130207

 

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