ダウト 04 | ナノ


※R15作品
 年齢未達の方は閲覧禁止





自販機があります。喉が渇いているので飲み物を買って飲もうとしますが、その自販機には不思議なことに飲み物の名前が書かれていません。それであなたは手当たり次第に何でも買って飲みました。その飲み物の色は何色ですか?



「あれー?黒子っちいないんスか?」

段々と暖かさが増してきた三年の四月。見逃している訳でもなく、部活が始まっても姿を現さない我が教育係様に疑問を持って俺は首を傾げた。部活を愛する彼がいないというのは初めてのことではないだろうか。ねぇねぇ緑間っち、と俺に声をかけられた彼は嫌そうに溜め息を吐いた。

「…黒子なら、青峰を探しに行っているのだよ」
「へ?あ、本当だ、青峰っちもいないスね。最近多くないスか?」

俺がバスケ部に入った理由である青峰っちはいつも、バスケにまつわるものならばキツイ練習も嬉々としてやっている節があった。……しかし最近は難しい顔をしてボールを触っているし、下手したら部活に参加する方が珍しくなってきている。

緑間っちは眼鏡を弄り、ふん、と鼻を鳴らした。

「気持ちはわからなくはないがな」
「え?なんで?」
「……。まあいい、二人を探しに行きたいなら赤司に許可を貰ってからにしろ。そうでないならとっとと柔軟から始めるのだよ」

突き放すように言って、緑間っちは俺に背を向けてしまった。俺はあの二人がいないと張り合いがないなと思う訳で、あんまり関わりたくはなかったが仕方なく練習を眺めている赤司っちに駆け寄った。

「赤司っちー、黒子っちと青峰っち探して来ても良いッスかー?」

ダメ元で声をかけると赤司っちは上目遣いに俺を睨んだ。

「部活中に何をほざいているんだ」

やっぱりな、めんどうくさい。

「と言いたいところだが…良いだろう。黒子だけでいい、連れて帰ってこい」
「え、」

俺は思わず聞き返した。

「青峰っちは?」

許可が下りたことにも驚いたが、部活をサボる青峰っちの扱いもおかしいのではないか。赤司っちは睫毛を伏せた。

「…あいつはどちらでも良いが、おそらく無理だろう。三十分やる。収穫はなくともそれまでには帰ってこい。いいな」

そう言って、赤司っちは俺から顔を背けた。

緑間っち、赤司っち、どちらも青峰っちに対する態度に違和感があり妙に引っかかる。……でも、まあどうでもいいか。ひとまず二人を探すことにしよう。そう思い足を踏み出そうとした時だ。

「黄瀬」

赤司っちが俺を呼び止めた。

「……あまり…黒子に心を預けすぎるなよ」

赤司っちは妙に真面目な顔をしていた。俺は取り敢えず笑って、バッシュを鳴らし体育館から出ていった。

軽く駆けていた速度を落とすと、口角を上げていた筋肉も脱力していった。

あーあ、うっぜーな、赤司っち。

人が通るかもしれないが、表情を整えるのも億劫だ。ただ、赤司っちの忠告に苛立ったのは図星だからで、自覚もある。確かに、最近の俺はかなり精神的に黒子っちに依存していた。

俺の笑顔の仮面の下を少しでも知っている、ただ知っている黒子っちの側はいつでも凪いでいる。恐怖も怒りもない。たまに一緒に寝て貰えるようになって、居心地の良さが増した。気付けば俺は黒子っちにへばりつくようになっていた。

「だからって何。口出してんじゃねーよ」

彼に小さく悪態をついてから、俺は捜索を開始した。

広い校内で黒子っちを探すのはいつもながら困難だ。水中に転がって行った小さなガラスの破片を探すような、そんな感じ。俺はそれだったらと逆に馬鹿みたいに目立つ青峰っちのほうを探す事にした。

「いないッスね…」

あのガングロがサボりに使いそうな場所を一巡してみたものの、目的の人物は見当たらない。時間も二十分ほど経過したことだし、そろそろ戻らなければ。

だから、第四体育館の裏手を覗いてみたのは本当にちょっとした思いつきだった。

そこには制服姿の青峰っちがバスケットボールを手に、膝を折って座り込んでいた。どうしてこんなところに。時折吹き付ける風は日陰であるせいもあるのか幾分冷えているし、何よりなにもない場所だ。ぼうと虚空を眺める青峰っちの目はやはり虚ろで、人の感情の機微に疎い俺ですら異常性と危うさを感じた。

声を掛けるのに躊躇った一瞬に滑り込んで来たのは、耳に馴染むあの声だった。

「こんなところにいたんですか、青峰くん」
「テツ」

黒子っちは青峰っちを挟んで向かい側からやってきた。俺は慌てて頭を引っ込めた。そろ、ともう一度顔を出すと、黒子っちが青峰っちの前にしゃがみ込んだのが見えた。二人は俺がいるのに気付いていないようだ。

青峰っちは黒子っちの左肩に頭をぶつけのしかかった。まるで甘えているようだ。体格的に貧弱な黒子っちは少しよろけつつも、青峰っちの体を支えた。

「ちょっと、青峰くん、重いで」
「なぁ、テツ」

青峰っちは、そう名前を呼んだだけ。だけど黒子っちは全て悟ったかのように一度目をつむり、応えた。

「大丈夫、すぐにみつかりますから」

黒子っちはいつか俺にしてくれたように、青峰っちの背中を軽く叩いてあげた。

「――あっ、黒子っちと青峰っちみーつけたーっ」

二人の何やら深刻で繊細そうな会話を分断することに、今度は躊躇いはなかった。俺はにっこり笑顔を貼り付けて、黒子っちにじゃれついて、青峰っちを引っ張った。ほらほら、早く行くッスよ!部活もう始まってるんスから。青峰っちもサボんないで俺と1on1やってよ!

胸の中がもやもや、ぐるぐるとした。俺は自分よりも高い次元でわかりあっている二人にまた苛立っていた。黒子っちは俺にだけ優しければ良いという独善的な考えがちらちらと脳を焼く。

部活終わり、俺はまた黒子っちを捕まえた。

「ねぇ、黒子っち。今日、一緒に寝てよ」

本当は不眠には陥っていない。黒子っちもそれに気付いているのかもしれない。

「…また、唐突ですね」

声が、明らかに不快感に揺れている。

だけど優しい黒子っちが、俺の要求を突っぱねることはなかった。





ベッドの中で黒子っちを抱きしめた。今回は背後から腕をまわし、彼のうなじに顔を埋めている。やっぱり、いいかおり。無意識に頬を彼の細い首に擦り付けた。黒子っちは驚いたように体を震わせたけれど、気にしない。青峰っちと黒子っちが一緒にいた時を思い出すとむかむかするけれど、それも段々どうでもよくなっていった。

そんな一方的な幸福な時間が、一瞬にして崩壊した。

「きせくん?」

俺は無言で身を翻し、ベッドから降りた。黒子っちがいきなりどうしたんだと俺を見た気がしたけれど構っていられず、もつれそうになる足を動かしてトイレに駆け込んだ。

バタン。勢いがつきすぎたドアは大きな音を立てて閉まった。そのドアに凭れ故意に後頭部をぶつける。そのままずるずると座り込み、身を守るように体を丸めた。消臭剤が独特の香りを発する。トイレの床なんて汚くて普通座ってらんない。だけど今はそんなことにもやはり構っていられない。

「…なんで」

なんでなんでなんでなんでなんで。

何もしていない。ただ、彼を抱きしめていただけ。変なことも考えていない。そんな風に見たこともない。なのに。

俺の局部は明らかに熱を持っていた。

「うそ、やだ、やだ、やだ、」

嫌だ。脳みそがその文字だけで埋め尽くされていく。

そもそも、男相手になんてもっての他だ。何かの間違いだ。最近セックスしてなかったからだ。そういえば自慰もしていない。そうだ、そのせいなんだ。

そして、とにかく、何を差し置いたって、黒子っちはどうしても駄目なんだ。

体がぶる、と震える。抑えるように腕で抱き締めた。

俺はセックスが好きだ。よく眠れるし、気持ちが良いから。でもそれだけじゃない。一番は、思う存分、相手を蹂躙している気分になれるからだ。

俺は小学生にもならないうちに、セックスは相手の尊厳を踏みにじる行為だということを否応なく学ばされた。誰も俺の墜落に気付かなかった。逃げられなかった。小さな俺は鏡の前で練習した嘘つきの笑顔を貼りつけて、生きるしかなかった。

でも俺を虐げた男は、初めて会った時に言っていた。構えられたカメラ、瞬くフラッシュ。

「涼太くんの笑顔は、可愛いね」

うす黄色い整った歯が、にやりと笑った。そうして伸ばされた、男の手のひら。

皮肉なことに俺のこの笑顔がいけなかったらしい。でも俺は、笑わなければ、そもそも人として生きれない。かといってそのままじわじわと肉体を弄くられ精神を嬲られ殺されるのはごめんだった。確かにそう思っていた。矛盾とストレスの蓄積は深刻なものだった筈だ。それから――何があった?でも。

男はきちんと、階段の踊り場で動かなくなっていたんだ。

「あ、ああ」

だからこんな筈がない。もうずっと前にちゃんとあの男は死んだ。それに、虐げられた俺があの男と同じように同性に興奮なんてする筈がない。そして傷つけたくないと初めて願った人をこの手で汚すことを欲している、なんて筈が。

「うぁ、あ、あああああ、ぁ――は」

そこで俺は本当に要らないことを考えて、しまった。

突き出された、勃起したグロテスクな男性器と後ろ頭を押さえてきた大きな手。

――あの男の一部を、飲まされたから?喩え本体がいなくなっても、その一部が、体に、残って――。

意識に上るが早いか、もう俺は思いきり嘔吐していた。すっぱい、今日の夕食が留まることも知らず後から後から溢れでて、便器を汚した。すえた臭いが狭い室内にもたもたとこもった。何をやっているんだ。頭はひどく冷静に動いている。今更胃の中身をひっくり返したって、あの男の馬鹿みたいに真っ白なものは出てきてはくれない。ああだから濁ったものは嫌いなんだ、毒が入っていたってわかりゃしない!!

俺はやっとおさまった熱源をおさえて、ぼたぼたと涙をこぼした。目から滴る液体は透明なまま、俺の中の汚濁物質を吐き出してくれるわけもなかった。

絶対の勝利を誇る赤司っちは、殺したくなるほどに正しい。


惨めだった。



無色透明



20130201
20130212

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