忘れ勝ち 05 | ナノ


05


赤司に事情を聞けたのは昼休みになってからだった。一緒に食おうぜと群がってくるクラスメイトは申し訳ないが追い払う。落ち着いたところで自分の椅子を引きずって、赤司の机に寄せた。

パンをむぐむぐかじりかじり、ちらっと見た赤司は箸を綺麗に使って白米を口に運んでいた。モノ食う姿で誰かを綺麗だ、なんて思うことはなかったから驚いた。彼の弁当はちゃんとしたもので、和食のお膳みたいに整っていた。

「一体どうしてこっちに来ることになったんだ?」

自分の昼食の一個目のパンを食べきったあたりで率直に尋ねた。赤司も素直に答える。

「僕が光樹と同じ学校に行きたい、って言ったら一週間待ってくれって言われたんだ。昨日から泊まり始めたんだが、東京にも家があるみたいだ」

赤司のひとことで転校が決定することも非常に気になるのだが。

「俺に教えてくれても良かったじゃないか」

うっかり批難するような声が出てしまった。赤司もやはり、俺の言葉を責めているのだととったようだ。彼は少し肩を落とした。

「本当に来れるのかわからなかったから…」

こういうのって、入学手続きとかあるんだろう?言われてみれば、もしかして高校の転校の手続きは小・中学校のそれよりも厄介なことが多いんじゃなかろうか。赤司家、恐るべし。申し訳なさそうな赤司にはごめんと謝った。

「記憶のことは、」
「それも必要以上には言わないように、って条件で出された」
「条件?」
「うん。こちらへ来る条件だ」
「…聞いてもいいかな」

赤司はこくりと頷いた。

「全部で三つある。記憶のことは大っぴらに言わない、学業では首席をとる、」
「首席!?」

思わず赤司の話を遮ってしまった。赤司はなんでもないことのように頷く。

「うん」

まじでか。勉学の記憶にも損傷があったっておかしくないだろうに随分な無茶を言う。

「………あとは?」
「バスケットボールをしないこと」
「え、」
「これで三つだよ」

赤司はなんでもないことのように言い終えた。

最後の条件は……以前から赤司に話を聞いているから理由はわからなくもない。しかし条件のどれにしたって以前の『完璧な赤司』への執着が感じられたから、どうしても彼の『敗けた』部分を削りとりにかかっているとしか思えなかった。俺は元の彼は苦手ではあったけれど、でも、都合良く彼を取り戻そうとしているのなら納得がいかない。

ただ、赤司を責めるのもそれこそお門違いだ。一度この話はやめることにした。

あ、そうだ。

「……とりあえず黒子に会いに行くかー」

転校生が赤司だという情報はもう伝わっているのだろうか。早めに会いに行った方が良いだろう。

昼御飯を終えると、俺は赤司を連れて黒子のクラスに向かった。いや、それにしても目立つ目立つ。廊下を歩いていると初対面でも馴れ馴れしく赤司に話しかけるヤツだって結構いた。記憶があった頃の赤司は言葉もなく周囲を牽制していたのもだろうなと思わせられる。

目的の教室を覗けば、火神と霞んでいるが黒子も見つけることができた。

「ああああ赤司!?なんでこんなとこいんだよ!!しかも制服!!!!」

いち早く赤司を見つけた火神はガタタタガターンと盛大に椅子を転がし立ち上がり、赤司を指差した。俺もこのくらいオーバーなリアクションをとるべきだったのだろうか。だから脇役ポジから脱せないのかなぁと少し反省した。でも、それが間違いであることはすぐに知れた。赤司は静かに俺の背中に隠れてしまったのだ。

「火神くん、騒がしいですよ」

黒子は躊躇いなく火神の脇腹に手刀を突き刺した。いい所に入ったらしく火神は腹をおさえ小さくなった。俺は赤司を連れて教室の中に入った。

「黒子はあんまり驚いてないな」
「いや、めっちゃびっくりしてます。転校生が来た、とは聞いてましたが赤司くんとは。…――ああ、でも、そうですね、予想の範囲内ではありますね」

赤司くんですから、と言われると俺も赤司だからなぁと思ってしまった訳であるし何も言えない。黒子は俺の背側に回り込んで、微妙に隠れている赤司に穏やかに話しかけた。

「赤司くん、お久し振りですね」
「…うん、一週間ぶりくらいだな」

赤司は黒子を見て、ほっとしたようだった。

「まだ、記憶は戻ってはいないんですね」
「ん…」
「あ、焦らなくて大丈夫ですよ。気長に行きましょうね。
 それと、紹介が遅れてしまいましたが、こちらの方は火神大我くんです」

黒子は火神を手で指し示した。火神は腹部の疼痛に涙目になりながら勢いよく立ち上がった。

「〜〜黒子ォ!何すんだ!!つーか説明しろ色々と!!」
「うるさいし粗暴な人ですが根は優しくて面倒見が良いです。そして何よりバスケ馬鹿です」
「無視すんな!馬鹿ってなんだ!そんで降旗もなんか言え――!!」

があがあと憤ってみせる火神にまだ怖がっている赤司の肩を叩く。

「いい奴だよ。心配しなくていいから」

こうすれば安心するかな、と思い俺は赤司に笑いかけた。効いたのかはわからないけれど、赤司は俺と黒子を見比べてもじもじとした後、顔を上げた。

「かがみくん、その、よろしくな、」

精一杯なその姿は俺と黒子を感動させたのだけども、

「……………マジで…説明してくれ…」

火神だけはゾッ…と顔を真っ青にしていたのだった。



20121226


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