ダウト 03 | ナノ


※R15作品
 年齢未達の方は閲覧禁止





夫婦と子供の三人家族がいて、夫が亡くなってしまいました。その夫の葬儀に参列していた男に、未亡人となった妻が一目惚れしてしまいました。数日後、妻は自分の子供を殺してしまいました。何故でしょうか?



「涼太くんは、かわいいね」

言いながらその人はぺたぺたと幼い俺の肌に触れた。幼児よりも遥かに大きな手のひらは緊張しているのか、じとりと脂っぽい。なだらかな腹のラインをなぞられるとぞわぞわと嫌悪感が俺の身を包んだ。

「だから君が悪いんだよ。君が悪い。だれにも言っちゃダメだ」

君が悪いんだ。まるで呪文のようだった。そう呟けばこの人は自分の行いの責任から免れるとでも思っているのだろうか。

「涼太くん、涼太くん」

自分の幼い性器を弄くられても、口に汚い男の性器を押し付けられても、俺は抵抗しなかった。昔のように本能を剥き出して、嫌なものは嫌だと抗えば良かったのに、俺はずっと、「こんな時は誰の真似をすればいいのだろうか」と馬鹿のように悩んでいた。





一本の訃報が届いた。それからずっとうまく眠れない。

寝れなくても別に生活はできるけれど、快と不快で言うなら勿論不快だ。市販の睡眠薬を買ってみても頭は一層冴えるばかりで、何も考えずに消費すべき時間を得ることができない。

俺のそんなちょっとした不眠にいっとうに気付いたのはやはり赤司っちだった。鬱陶しいことに俺は彼にわざわざ部活前に呼び出された。

「駄目だよ黄瀬。ちゃんと寝なければ動きが鈍る。この前の青峰との1on1も一方的で見るに耐えなかった。試合に影響がでたら容赦しないよ?」

赤司っちは書類を片手に微笑みながら威圧した。偉そうな物言いはもともと気に食わなかったのだけど、俺はあの心理テストの一件以来、赤司っちを更に警戒するようになっていた。ただ、それは悟らせぬように返事をする。

「スンマセンっ!もぉー赤司っちはなんでもお見通しッスね。最近ちょっと仕事が立て込んでるんスわ〜」

嘘だ。最近、仕事は休ませて貰っている。

「ふぅん…?」

聞いた赤司っちはすぅと目を細めた。またその目をする!赤司っちは言語としては多くを語らないだけに、俺は内心焦れていた。どうして赤司っちは俺を探るんだ!俺が嘘まみれだとわかっていたって、知らんふりをすれば良いじゃないか!黒子っちが俺を考察するのと違い、赤司っちの目はひたすら下世話な好奇に満ちている、いい加減叫びそうになった。

赤司っちはため息をついた。

「…黄瀬、そんなに構えなくたって良い。この間の心理テストはただのお遊びだ。別に、俺はお前の内面なんてどうでもいい」
「えー、よくわかんないスけどショックっすぅー」
「ああ、そうだ」

俺は袖口で涙を拭う仕草をした。赤司っちは俺の小芝居には構わずに、妙案を思い付いたぞという表情を浮かべた。だけどその妙案、は聞いてみればただの冗談であり、この人も大概俺のことを馬鹿にしているなと不愉快に思った。

しかし、赤司っちの冗談に通俗的で頷ける面があったのも事実だった。俺は俺の快眠のために、またしても黒子っちを捕獲した。部活終わり、黒子っちは体育館の清掃をしているところだった。

「黒子っちぃっ、今日ウチに来て欲しいッスぅっ!!」

モップを持った黒子っちに背中からがばりと抱きついた。周囲の部員はまた黄瀬がなんかやっているよといくらか視線を寄越した。布越しに体温が緩く伝わってすぐ、黒子っちはべしりと俺を叩いて追い払った。

「重いです。――随分急ですね。どうしたんですか」
「えとね、一緒に寝て欲しいんス!」
「………は?」

俺の唐突な要望を聞いて黒子っちはちょっとよくわからないと首を傾げる。俺は要求を繰り返した。

「だから、一緒に寝て欲しいんスよ」
「泊まりってことですか。まぁ…お家の迷惑にならないのであればいいですけど、だから、どうしたんですか?説明してください」

まどろっこしいので理由はさっさと簡単に言うことにした。俺は黒子っちの頭を引き寄せて、トーンを落とし、黒子っちだけに届くよう声を耳に押し込んだ。

「一緒に寝てた女の子が死んじゃったから代わりしてよ」

黒子っちは硬直した。うっかり手離したらしくモップの柄がカランと床に転がった。

「…………………………………黄瀬くん、」

彼は俺の肩を押しやり、口元を押さえて何やら悩んでいる。戸惑いの混じった瞳がこちらを見上げた。

「聞きたいことは多々ありますが、あの、僕、ノーマルなので、性行為はちょっと……」
「は?何言ってんのそんなの俺も嫌ッスよ。寝るだけッス」

俺が眉根を寄せると黒子っちは気まずそうに僅かに頬を紅くした。





赤司っちの提案というのはつまり、「安心できる人間に側にいて貰え」というものだった。おそらく彼はママにでも面倒を見て貰えという嫌味をこめたんだろうなと思う。でも現在の俺にとって一緒にいることで最も気が楽なのは黒子っちだ。だから俺は安直な考えではあるものの彼に協力してもらうことにしたのだった。

前述のような細かいことはわざわざ言わないが、ただ不眠で困っていることを道すがら説明をし、黒子っちを家に連れて帰った。珍しく在宅していた母は黒子っちを見てきゃあきゃあ騒いだ。

「やだ涼ちゃん、そういうの先に言ってよね!やぁん、いらっしゃい!お名前は?」

若いとよく言われる彼女は無茶苦茶はしゃいでいた。俺はすらすらと嘘を重ね理由を作り、黒子っちがこのまま今日泊まることを告げる。母は驚いていたが、大歓迎!と胸の前で手を合わせていた。

初めて俺の部屋に足を踏み入れた黒子っちは、すごいですね、と溢した。

「何がッスか?」
「家でもあの調子なんですね。尊敬します」
「ちょっと嫌味にも聞こえるッスけど、まぁありがと」

黒子っちはぐるりと俺の部屋の中を見回した。そして俺の学習机に手を伸ばす。

「部屋、も、これキャラ作ってますね」

つん、とつつかれて、やたらキラキラしている星のついたピアスホルダーが揺れた。よくわかるなと感心した。確かにこの部屋でさえ、俺の趣味でできてはいない。明るい、どちらかといえばファンシーな小物は母の趣味ではなく、"母の望む息子の趣味"だ。

「ま、でも、両親二人とも忙しい人なんで、ストレスは少ないッスよ」

黒子っちはこちらを向いた。そんなものなんですかねぇ。そう、腑に落ちないと言いたげな表情を見せた。

遅めの夕食をとり順番に風呂にも入り終えると、俺は有無を言わさず黒子っちをベッドに押し込めた。黒子っちは色々と諦めているようで、はいはいと面倒そうに俺に従った。

掛け布団に頬を埋める。隣には、黒子っちの穏やかな寝顔があった。おんなじシャンプーを使ったのに、なんだか良い香り。彼は寝付きが良いらしく、羨ましいことに横になって十分もしないうちに完全に眠りについてしまった。常夜灯の薄暗がりの中、黒子っちを眺める。彼は確かに中性的な面立ちではあるけれど、布団の下に隠れている体は男性の直線的なものだ。そういうところによく体を合わせる女性たちとの明白な違いを感じた。取り敢えず、俺は目を瞑った。

――俺自身は、不眠の理由、だとは思っていないのだが、最近よくセックスをしていた女の子が自殺をした。先に言った訃報とは彼女のものだ。

年上の、モデル業の仕事仲間だった。出会ってしばらくして彼女から性行為に誘われた。断る理由もなかったのでそれに応じ、誘われるままそういう行為を行った。他にもそういうことをする知人はいたから彼女はそのうちの一人になった。

暫くして、子供が出来た、私だけと一緒にいて、と言われた。意味がわからなかった。

「うーん…そこまでは付き合いきれねッス」「あ、妊娠ってことは、スるの無理ッスよね?」「今日は帰るわ」「じゃあ、バイバイ」

ちゃんと普段望まれているままに笑って言ったのに、暫くして彼女は自殺した。一応赴いた葬式で話題にのぼらなかったことから察するに、彼女のお腹には何もいなかったようだ。どうして嘘をついたんだろう?


それから、他の人とセックスしても、うまく寝付けない。


…だめだ。

俺は体を起こし、ベッドから降りた。キッチンに向かい冷蔵庫からミネラルウォーターを取りだす。ごくごくと嚥下すれば胸の中を冷えたものが落ちていった。ふ、とため息を吐き部屋に戻る。温もっている掛け布団の中にもぞりと入り込んだ。

「ねむれませんか?」

少しもたついた発音。黒子っちの目はうっすら開かれていた。

「うん」

自分でも驚くほど、甘えた声が出た。

「なにか、してほしいことはありますか」
「ううん」

黒子っちの指先が、遠慮がちに俺の前髪を撫ぜた。

「……きせくんは、やさしいうそばかりつくから…すこししんぱいです」

ああ、そうだ、この人だって俺を知らない。

俺は黒子っちを軽く引き寄せて、抱き枕代わりにした。黒子っちは一瞬身を固くしたが、仕方なさそうに体の力を抜いた。そしてまるで赤子でもあやすように俺の背中を軽く叩いた。

俺は彼の優しさにこそ泣きたくなった。黒子っちは大きな勘違いをしている。

暗闇に浮かぶのは、死んでしまった彼女の姿ではなく、幼少期の自分の記憶とはもう思えないそれ、だった。あんなことをさせられて、そして――。……瞬けば霞のようにすぐに消えた。

黒子っちは、俺の腕の中で再びすぅすぅと眠りはじめた。彼は既に壊れている俺を壊れかけなのだと信じてやまない。だから俺は彼の為に、自分の為に、彼を騙し続けるのだ。

……本当に、これは、優しい嘘なのかな。

わからなかったけれど、背中にあてられた黒子っちの手がじんわりと温かくて、俺はやっと目を閉じた。



「お葬式を開けば、またあの人に逢えるから」



20121216

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