忘れ勝ち 04 | ナノ


04


その後、赤司からは頻繁にメールや電話が来るようになっていた。ただ、文体も話し方もおよそ赤司征十郎によるものとは思えないもので、あの絶対的な人格がそぎおとされてしまったことをひしひしと感じさせられた。会話内容の大体は病院での検査の話だった。それ以外は稀に赤司家の話か、他愛のないものがほとんどだったけれど、俺はできる限りそれらに応えるようにしていた。だって彼は孤独なのだ。

しかし、学校が始まるとなるといつでも彼に付き合える、という訳にはいかない。部活だって大切だ。俺の事情も赤司にわかって貰う必要があった。

『がっこうがはじまる?』
「そう、明日からね。だから、メールは平気だけどあんまり電話には出れないかも」
『……そう、だよな』

電話越しに赤司がしゅんと肩を落としているのがわかった。しかし本当にこればっかりはどうしようもない。

「うん、ごめんな…。
 そういえば、赤司は学校に行くのか?」

尋ねると悩んでいるのか、ほんの少し間があいた。

『どうだろう…ひとりじゃ、無理だ』
「だよなぁ。でも、そっちでの生活慣れてきたみたいで良かった」
『ん、う…ん』

赤司は頷いたけれど、どうも歯切れが悪い。

「どうしたの?」
『こっち、怖い』
「え?」
『光樹がいないとやっぱり怖いんだ』
「……………そっかぁ」

俺の居場所は東京都の四角い自室で、彼の言葉には頷くばかり、気の利いたことひとつ言えないことがもどかしかった。

それにしても俺はどれだけ買い被られて、信頼されているのだろう。かたや天才、かたや凡人。本来ならありえない構図だ、なんて自嘲気味に思う。鴨のひなが生まれた時に一番最初に見たものについてまわるのと同じだろうか。

『あ、』

不意に赤司が何か思い出したような、そんな声を出した。

「? なに、どうしたの?」
『うーん…なんでもないよ』

なんでもない、と赤司は言ったけれど声は少し元気が良くなったようだった。

そして学校が始まり、ほとんど夜にしか連絡がとれなくなっても赤司の精神状態は穏やかなようだった。

でも、俺は忘れていたんだ。記憶を失っていたって、彼が赤司征十郎であることを。





学校が始まって一週間が経った。

――嫌な予感はしたんだ。

朝、遅刻するーっ!!なんて慌てて家を出て、冷たい空気に鼻をひりひりさせながらチャイムと一緒に教室に滑り込んだ。ここまではいつも通り。

俺の席は一番後ろ、窓から二列目だ。でも実質一番窓際で、数が合わないせいで左隣には席がなかった。しかしそこに新たに席が増えていたのだ。ギリギリに学校に来たせいでなんでこんなところに席があるの?なんて誰かに訊くこともできなくて。

でも、もう一度言おう。

この席を見たときに、いやな予感はしたんだ。

担任は諸連絡を終えると、にっこり笑って言った。

「転校生の紹介をしますね」

ざわざわと室内がさざめく。誰一人そんな重要なネタを掴んでいなかったのだ。そして期待と注目の集まった教室のドアを開けてそろり、転校生が入室してきた。

その髪は見覚えのありすぎる燃えるような赤色だった。

俺は顔を覆って天を仰いだ。

あー……。


「赤司征十郎です、よろしくお願いします」


誠凜の学生服に身を包んだ赤司は皆の前で頭を下げた。あれぇーこの人いつだったか「頭が高いぞ」とか言ってたって誰かに聞いたんだけどなー?気のせい?

いや言ってたよ、ソースは火神と、高尾からのメールだ。

俺が動転している間に、赤司は俺の左隣の席に収まった。彼は俺の方を見て、すごく嬉しそうにふにゃりと笑った。

「いっしょ」

ぎりぎり俺にだけ聞こえる声で赤司は言った。赤司って、こんな顔もできたんだ。妙に感動してその笑顔にほだされて、この人が笑えるなら良いかなぁ、なんて思ってしまった。しかし忘れてはならない、訊くべきことは多々ある。俺は先生がHRを終えるとすぐ赤司に向き合おうとした――のだが。

赤司の周りには既に人の壁ができていた。

隣にいる俺が出遅れるってどういうことなんだ!!と心の中で絶叫する。どれだけ俊敏な動きなんだお前らバスケ部入れよ楽しいから!案の定赤司は転校の日にちが始業式かずれたことやその整った容姿のせいで質問攻めにあっている。人の隙間から見えた彼の表情はひきつっていて、完全に固まっていた。

「赤司!」

呼びかけると赤司はハッとこちらを見て、眉尻を下げた。俺は赤司とクラスメイトの間に割り込んだ。

「ごめん!コイツすっげ人見知りなんだ!」
「えぇ?なんで降旗が知ってるの?」
「実は知り合いでさ、な?」

俺は赤司を振り返る。赤司はこくん、と頷いた。また、側に立った俺の制服の裾を掴んだ。これがデフォになることも今から覚悟しておこう。

「赤司くんてどっから来たの?」
「京都の洛山高校だよ、なっ赤司」
「マジ!?じゃあ本当は京弁なの?」
「中学までは東京にいたから標準語だよ、なっ赤司」
「髪の毛って、」
「地毛だよなっ赤司」
「部活とかどーする?野球やんない?」
「そういうのはまだ考え中だってさ、なっ赤司」
「おい降旗」
「えっ?」

野球部の仁科がじとりと俺を見た。

「赤司と話したいんだけど」
「………あはは…」

俺はその場しのぎに情けなく笑った。赤司はそんな俺を見てくすっと笑っていた。

まぁ、この質問攻めを切り抜ければおそらくは落ち着いた高校生活を送れるだろうし、過保護も良くないか。その後はある程度の傍観者として赤司の側にいた。赤司は時折俺を振り返り不安そうな表情も見せたけれど、問題なく会話を成立させていた。

盛り上がる彼らに水をさすように明るくチャイムが鳴り響いた。



20121214


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