祓魔師パロ14 | ナノ


チキ、とリコの目に力が籠る。彼女の瞳は以前黒子にした時と同様に直立している火神を見破ろうとした。伊月の目が遠くを見ることのできる望遠鏡だとしたら、リコの目は精密に動態を観察する顕微鏡だ。脱衣には意味があり、リコの目の精度を僅かでも上げるために必要なものだった。

理由のわからない違和感こそあれど、火神の体の部位は全て人間のものに間違いはなかった。リコの目でなくてもわかるが、火神の体はしなやかな筋肉が綺麗についていて、寧ろ人の肉体としては非の打ちどころがない。しかし一ヶ所、小さな歪みが見えた為リコは火神を後ろに向かせた。

つ、とリコは晒された火神の背中を指先でなぞった。

「この印は…?」

触れた途端、火神の右肩甲骨の上のあたりには細かい紋様の刺青が浮かび上がった。しかしただの刺青ではなく、彫られた周りが赤く、火傷のようになって少し腫れている。

「痛くないの?」
「え?…ハイ。なんか変になってるっすか?多分それアレックス…俺の師匠が護りの印っつって、ガキの頃につけてくれたヤツで…」

火神は自分でも見ようと首を捻るがうまくいかないようだ。説明を聞いたリコは眉根を寄せた。

「いや、これは……………護り、というより封印だわ。とても複雑…しかも術者に負荷がかかっていてもおかしくないくらい強力なもので…」

カツン、

リコが詳しく説明を始めようとすると、伊月が机を指先で弾いた。カツン、カツン。途端にリコは口をつぐんだ。妙に事務所内に響く音だった。

「……それじゃ火神くん、もう服を来ても良いわよ」

不思議に思いつつも、リコの指示に従い火神はもそもそと再び服を着る。リコは火神の影の前にしゃがんだ。つんつんと指先で影をつつく。

「最後に聞きたいのは、黒子くん」

呼び掛けても影は影のままだった。その表層はもう凪いだまま、ちらりとも揺れない。服を着た火神が強い口調で言った。

「出てこいよ、くろこ。お前の話なんだ、お前がいなかったらどうする」

真剣な、少し怒気を孕んだ調子だった。事務所が静まり返る。誰も口を開かず、ただ、火神の影に沈む黒子を待っていた。壁にかけられた時計がコチ、と時を刻んだ。

「なんですか」

黒子は姿こそ現さなかったが、声だけは発した。不貞腐れているような、だるそうな声だった。足元のなにもないところからやって来る音はほんの少し奇妙に感じる。

「黒子、お前はどうしたい?」

リコが問うよりも早く、火神は第一にそう尋ねていた。先を越されたリコは苦笑し開きかけた口を閉じた。他の祓魔師たちも火神の性格をよくわかっているので黒子を優先した問いかけに特に驚いたりしなかった。

黒子は努めて感情を圧し殺した返事をした。

「どうしたいなんて…キミに訊かれて、僕が答えて、何か意味があるんですか。僕は、」
「俺は、お前の意志が知りてぇよ」

火神は一度黒子の弁を遮った。御託は必要ない。火神は黒子の気持ちを知りたかった。

「…………」

火神は影を真っ直ぐ見下ろす。黒子に会ってから一度として彼は黒子から目を逸らしたことはなかった。沈黙を許さない赤い目は勿論黒子からも見えていた。

「黒子」
「、やです」

火神が促すように名を呼べば、黒子は堰を切ったように話し出した。

「なに、言われても、やです。やですからね。火神の…中身の正体がバレることになったって火神くんの影から出てってあげません。ずっととり憑いてやるんです。僕は悪魔で、キミは人間もどきで、だから、ぜったい」

黒子はむずがる子供のように、ばらばらに散らばりそうな言葉を繋いだ。

火神は再び尋ねた。

「じゃあお前はここにいたいんだな?」

捲し立てるようだった言葉が止まる。

「………………そんな、こと、一言、も」

黒子の声は動揺して、弱々しく掠れた。黒子の狼狽をわかりきっている火神は仕方ねぇなぁとでも言いたげに笑った。

「そういうことだろ?」

黒子はもう否定をしなかった。火神は屈んで、自分の影をそっと撫でた。

この遠回りな肯定だけで、火神にとっての方向性は決まってしまった。

現在、火神は黒子が自分の影に潜むことで自分自身に何が潜んでいるかもわからない状態にある。勿論、出来ることならそんなことは知らずに生きていたかったという気持ちは少なからずある。でも火神は、ここまで暴かれてしまったのなら、もう少し黒子と自分について知りたいと思ったのだった。黒子の話をもっと聞かせてもらえたら、きっとうまくいく、そんな気がしていた。

他の祓魔師たちも仕事としては黒子をどうにかして祓うべきだが、本心では黒子に安らかな日々を与えたいと思っていた。初めて会った時の宣言通り黒子は自分たちに害は与えなかったうえ、黒子の存在は彼らにとって中々心地よかった。人にひっそりと寄り添っている彼の慎ましさは祓魔師に好感を持たせるには十分だった。彼らにとって黒子は既に事務所の一員なのだ。建前以外で火神に反対する理由はなかった。

事務所全体で一息つく中、伊月が小さく舌打ちをした。

「………逃げられた。ウチから真東、五キロは離れてるな」
「そう、お疲れさま。…水戸部くんのこの結界を突破するなんて…中々強者だったわね」

やんなっちゃう、とリコはこめかみを押さえた。





秀徳怪異博物館の殺風景な屋上で、高尾は一人空に向かってぐぅ、と伸びをした。

「っ――あ〜、危なかったかなー」

こっちを探知されちゃうとこだったよ。ぱちぱちと瞬きをすれば、彼の灰のくるくるとした瞳が黒さを増していく。うん、これでいつも通り。見えるってのは良いことだね。柵に凭れ、茜に染まる街並みを見下ろして高尾はぶつぶつと考察を始めた。

「誠凜さんの目の人は、ただの生まれつきにしては随分高性能な目を持ってるよな。ちょっとソンケーだわ」

高尾はついさっきまで、誠凜祓魔事務所の覗き見をしていた。千里眼というのがわかりやすいだろうか。ただ、高尾のそれは視力に限った話ではない。

「確かにあんな印、見たことねぇな。何重にもガッチガチに組んである…護りでなくて、封印…ね。………ふーん、そういうの調べ甲斐がありそうじゃんか。メンドいからやんねーけど」

彼が語るのはリコと火神の会話内容だ。読唇術だけで補っている訳ではなく、聞こえていた。完全に透視や千里眼の域を超えている。

そんな高尾の左側に人影が現れた。

「高尾。無駄な"目"の使い方をするんじゃない。警戒のレベルが上がるだろう馬鹿者が」
「! あはは、真ちゃんごめーん」
「せめて緑間と呼べ」

緑間というその人物は緑がかった髪色をした背の高い眼鏡の男で、ふん、と悪態をついた。つんとした態度を見るととても気位が高そうだ。苛立ちが表れているのか神経質そうに眼鏡を弄っている。

高尾は緑間にへらりと笑いかけた。

「いーじゃん、固いこと言うなってぇ。それに隠されてるものってさ、見てやりたくなんない?」

高尾は緑間の態度には慣れているらしく軽薄そうな言葉で緑間の注意を流してしまった。

「――で?真ちゃんは襲撃でもするわけ?」

高尾は尋ねながら、柵の上で腕を組み頭を倒して、流し目で緑間を見やった。ただ問うているだけでなく、どことなく緑間を牽制しているような妙な圧力があった。緑間は高尾に一度目をやってから瞼を閉じて、高尾の問いかけに有り得ないと首を振った。

「そんな美しくないことはしないのだよ。それこそ黄瀬と同じような結果になるのが目に見えているしな」

ぬるい風が吹き付け、オレンジの空に緑間の髪がさらさらと流れる。高尾は目を細めた。

「ふーん?じゃあどうするの」
「…黒子が住んでいる影の持ち主。奴が気になる」

緑間が思い浮かべるのは、大した抵抗もなく黒子を受け入れ続ける男の姿だ。高尾は緑間の遠回しな要望に唇を尖らせた。

「えー?やだー、それ、俺がもっと頑張らなきゃいけない感じー?」
「そういうことなのだよ。高尾、そういう契約だろう?」

緑間が含みを持たせて言えば、高尾は頷き悪戯っ子そうに笑んだ。

「ああ、悪魔様のゆうとおり!」

歌うように言って、高尾はもう一度街を見下ろした。丁度粟粒のような明かりがぽつぽつ灯りはじめていた。茜空はじわじわと力をなくし、街には穏やかな夜が迫っていた。



潜むもの


20121204

 

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